エンペラー幹部連の受難


 











 きっちりと閉まっていなかったドアの隙間から何か声のようなものが漏れ聞こえていた。
 それは、幾分と聞き取りにくいものではあったのだが。
「京一さんの声、か……?」
 そういえば―――と、まだ年若い青年は京一が先程から席を外したまま戻って来てはいなかった事に気付く。
―――京一さん、こんなところで何やってんだ?
 訳もなく何故か足音を忍ばせてドアに近付いてしまう。
 隙間からそっと中を覗いた。
 照明はついておらず、部屋の突き当たり正面にある窓から差し込む月明かりのみが部屋の中の光景を浮かび上がらせている。
「……う…わ……ッ!!」
 思わず叫び声をあげそうになった青年は、驚愕の表情のまま慌てて両手で自分の口をふさいだ。




 便所に行くと言って立ち上がって出て行ったきりなかなか帰ってこなかった青年が、ふらふらと足元もおぼつかなく宴会場に戻ってきた。
 が、何やらその様子がおかしい。眼が定まらず視線は虚ろに中空を彷徨っている。
「………京一さん……が」
 青年は、自分にあてがわれた席にすとんと座り込むなり、茫然自失、といった口調で呟いた。
「ああん?」
「どうした」
 聞きとがめた周りの人間が、ようやく戻ってきた本日の主役である青年を見やる。
「せ、清次と―――」
 注目を浴びた青年は言ってもいいのだろうかと危ぶみながらそれでも、自分一人では到底そんなものを抱えていられる筈もなく、すがるような眼をしながらおどおどと口を開く。
「清次と何だよ」
「そういやさっきから姿が見えねぇな、あん人達」
「どもってねぇで早く言え」
 ここに集っているエンペラー幹部構成員らが、はっきりしろよ、と顔をしかめる。
「………セックス……してた」
 白茶けた顔で視線を宙に彷徨わせながら、心ここにあらずといった風情で呟きを洩らした青年に。
「……んなこたぁ、今更お前に言われなくても知ってる」
「驚かすなよ」
「ホント今更だよなぁ」
 なんだそんな事かと周りの人間は拍子抜けしたように言い、顔を見合わせながら安堵の息を吐き出した。
「京一さんはまぁ、なあ。抱くのに女も男も関係ねぇんだよ」
「ま、清次以外にも……それこそ掃いて捨てる程いるしな」
「だな」
「しょうがねぇんだ、慣れろよ」
 な?
 幹部連中のみなが口々に慰めるように言う。
 かつては自分たちも通ってきた道であり、青年の気持も分からないでもないのだが。
 だからといってこればかりは如何ともし難い。あきらめて慣れる以外に方法はないのである。
 従ってエンペラーの幹部連中はこの点においてはみな、大いに耐性と免疫を培われていた。
 青年の口にした事なぞ何の目新しい事でもない。
「ち、違……っっ」
 だが、その技量を認められて今日新たに幹部入りした青年はぶんぶんと頭を振った。
「なにが違うんだよ?」
「ぎゃ、ぎゃ…っ、ぎゃ…っ」
 何か言おうとしているのは分かるのだが、どうにも言葉を成していない。
 赤くなったり青くなったりしながら口をぱくぱくとさせている。
「なんだお前は。新種の鳥か?」
「いい加減にしろよ」
「いくらテクがあってもこいつ、肝小さすぎんじゃねぇのか」
「こんな奴、上にあげて大丈夫なのかよ?」
 険悪な表情になりかけた面々に向かって、青年は。
「逆ーーーーっっ!!」
 ようやくの力を振り絞って一言だけを叫んだ。
「逆って……」
 何がだよ?
 男達が怪訝そうな顔で互いに顔を見合わせる。
「清次が……きょ、京一さんをっ、抱い……て…っ」
「………………?」

――――――ッ!?

 一拍おいて頭が、今聞いたそれを理解した瞬間。
「んだとォ―――ッ!?」
「うげぇえええええええッッ!」
「ふざけろぉおおおおッッ!!」
 男どもの魂切るような絶叫があがった。それはどちらかというと絶叫よりも悲鳴に近かったかも知れない。
「嘘だろおいッッ!!」
 嘘だと言え嘘と!といきなり喉首を締め上げられて、嘘です!と叫んだ青年は。
「てめぇ嘘つくんじゃねぇえええ―――!!そりゃマジかぁああッ!!」
 更にギリギリと締め上げられて顔色を紫色へと移行させそうになった。
「待てよおい。落ち着けって」 
 見間違いかも知れねぇだろ?
 一番年かさの男が手を挙げてその場を制する。
「何でそう思ったんだよ」
 はっきり見たのか?
 自ら責任を持って裏を取りにかかった。
「清次が……京一さんの上に覆い被さるみたいに……組み敷いてて……」
 極刑の宣告を受ける前の罪人のようにうなだれながら、青年が重い口を開く。
「……あのよ。言いたかねぇけど」
 ひとりが挙手をして発言を求めながら、本当に言いたくなさそうな風情で口を挟んだ。
「いい。許す。この際何でも許す。意見があるなら言ってみろ」
 冷静になっているつもりでも、場を仕切っているその年かさの男の眼も半分ほど据わりかけており、その口調は一本調子になっている。
「それってよ、ただ単に清次が騎乗位だっ……ぐふぅッ!」
 最後まで言い切る前に男は突然、両手で自分の口を押さえた。
 自分で口にしておきながら唐突に気分が悪くなったらしい。
「………………」
 耳にしたとたんに思わず頭にリアルな映像が浮かび上がりそうになった面々が、男とは何故こんなにもセックスに絡む場面の想像力が逞しいのだろうかと心底、創造主を恨みながらも思わず無言になった時。
「いや……でも、清次が京一さんの脚、抱えてたから……たぶん……あれ……は……」
 追い打ちをかけるような、被告たる青年の声がぼそぼそと続いた。
「………もういい。お前は喋るな」
 そう言った年嵩の男の眼はもはや完全に据わっている。
「それに京一さんが」
「まだあるのかっ!?」
 いい加減にしてくれと泣きそうになりながらもつい目線で先を促してしまったのは。
 エンペラーの幹部としていざという時――どういう時なのだろうか――リーダーの素行を正確に知って置いた方がいいという、哀しくもさみしい計算を働かせざるを得なかったせいである。
「すんげぇ色っぺー声で……」
 言いながら思い出してしまったのか、わずかに顔を赤らめながら青年が続けた。
「……は?」
「色っぺー?」
 何だその単語は。どこから出てきた。
「京一さんがかっ!?」
「んな馬鹿な事があっかよっ!?」
 一笑に付そうとしながらも彼らの脳裏には。
 でも。そんな事があるのなら……。
 あのひと、が。
 あの強靱にしてしなやかな体躯を持つひと―――が。
 どんな。
「声で?」
 何と?
 ごくり―――。
 静まり返った面々が、思わず固唾を飲みながらも次の言葉を待ち受けたところに。

「………ぬるい、って」
 ぽつん、と青年の声が落ちた。

――――――!?

「はあぁ―――ッ!?」
「が……ッ」
「んだそりゃあ……ッ」
「ぐ。……ふぅッ」
 蛙の潰れたような声を上げならも皆、一瞬言葉に詰まる。
「そりゃまた……」
「………京一さんらしいといや、余りにもらしいが」
「……んって色気のねぇ」
 なさすぎる……。
 がっくりと男達の肩が落ちる。
「せめてもうちっとこう……」
「……ああ、だな」
 一瞬でも何かを期待した俺らが馬鹿だったよなぁと口々に笑い合いながら彼らは一斉に失望の溜息をつき。

 次の瞬間。

「っな、なにを俺らは期待……ッ」
「ち、違うッッ……!」
「してねぇしてねぇッ!俺は何も想像してねぇッ!」
「な!お前何て想像をッ!」
「って事ぁッ!てめぇこそッ!」
 大いに動揺した挙げ句に。
「はあぁああああ…………………」
 何やら気抜けてしまい、折角のめでたい祝宴の席で呆けたようにぼうっと座り込む、悩み多きエンペラー上層部の面々ではあった。



                                         終わり。




 負けるなエンペラー幹部連!京一への愛ある限り!