憩いのかたち

  











「アスマっていい躰してるよね」
 組み敷いている相手の躰の奥をゆっくり突き上げながら、カカシは男の分厚い胸板を指先でツゥとなぞった。
「そうか?ふつうに鍛錬してるだけだぞ。消化メニューはお前とそうたいして変わらないだろ」
 カカシの指が自分の躰の上をたどっていくのを、見るともなしに眺めながらアスマが気のない声で返す。
 じっくりと快感を味わうようにしながら抽送をくりかえしていたカカシだったが、その返事に。
「ぅ……んっ……」
アスマの中にぐっと深く身を沈めて吐息をもらし。
「いや、そっちの意味じゃなくてさ―――」
言葉を止めると、意味ありげにえへらと笑った。
「―――痛いしっ!」
 とたん伸びてきた男の拳にがつんッ、と殴られて頭を押さえる。
「なに嬉しそうに笑ってやがる」
 大きく割り開かれた両脚の向こうでは、アスマがあきれたような顔を見せている。
「いいじゃない、どんな顔しようとオレの勝手でしょ」
 男の脚を抱え上げたままそう言って舌を出しながら、カカシはもう一度えへへと笑った。
 まあいいけどよ、と言いたげにアスマがため息をつく。
 アスマに怒られたり殴られたりするたび、カカシはどことなく安心したような、ちいさな笑みを浮かべるのだ。
 まるで親とはぐれた子供が見失った相手をみつけてほっと安堵するように。
 そこにいることを―――そこに姿があることを確かめて安心したようにごくちいさな息をつくのだった。



「アスマん中……すごく気持ちいい」
 はぁ、と艶のある息を吐きながら、カカシが陶然とした表情を顔に浮かべた。
 ぐぅっと身をのけ反らせて奥深くまでペニスを押し入れ、こらえるように眉根をよせて動きを止める。
「……ん……」
 ひとしきり波をやり過ごすと、カカシはゆっくり倒れこむようにしながらアスマの上に身を伏せた。
「こうやって抱いてるとさ。今のアスマはオレのもんなんだな、って思う」
 すごい嬉しい、と、情欲にうるんだ眼をしたカカシが相手の耳元に囁くような声を降らせた。
「アスマ好き。アスマ好き。――――アスマ好き」
 腕の中にある躰をぎゅっと抱きしめて、その首筋に顔を埋めながらくり返す。
「分かったから連呼するな」
 息苦しさに閉口したアスマが「ゆるめろよ」とカカシの腕を軽く叩いた。
「いいじゃない。オレ、言うのも好きなの」
 けれど言葉とともにカカシの腕はさらに巻きついて。
 引きはがされるのを怖れるかのようにぎゅっと強く。
「……好きなものがたくさんあって良かったな」
 ゆるめるどころか力を増して抱きついてきた相手に、アスマは早くもあきらめてぐったりと力を抜いた。
「うん。嫌いなものが多いよりいいでしょ」
 そう言ってカカシはきれいな笑顔でにこりと笑った。
「……そうだな」
 目にしてアスマが疲れたようなため息をつく。
「アスマ。ね、これ……イイ?」
 カカシはそれに構うことなく、自分を教えこむように、ことさらゆっくりと腰を動かしながら中をこすった。
「うん?……まあ、な」
 つかのま自分の感覚をさぐるような顔を見せたものの、あいまいな声と表情でアスマが返す。
 快感は感じる。痛みも感じる。ただ、それを―――。
 自分のものとして感じられないだけだ。

「ま、仕方ないけどね。あんたのせいじゃないし」
 その表情のわけを知るカカシが小さな息を吐く。
 暗部に所属していた頃の任務により、アスマの感覚中枢はその一部が破壊されていて、未だ直らぬままなのだ。
「でも痛みまで感じないのはヤバイでしょ。いざって時に切迫感ないと死んじゃうよ。―――オレでも殺せる」
 事情を知りつつ、カカシはそう言ってふわと笑った。
「機会がないに越したこたないが、それなら尚更痛みがねぇ方がいいだろ。手を下すお前も苦しまなくてすむ」
 ふ、と笑ったアスマが軽口の中に本音をのぞかせる。
「まーそりゃね。その方が気楽だろうけどさ」
 そうやってオレの心の痛みを思うことはできるのに。
―――ねえアスマ。どうして自分のことは。
「でも今はイイって言ってよ。これ、感じる?」
 ゆっくりと腰を前後させながらカカシがたずねた。
「ああ、いいぜ。―――感じる」
 男が低く笑って相手の望み通りの答えを返す。
「……ァ、はぁ。………ねえアスマ。オレのこと好き?」
 耳にした言葉に息を乱しながらカカシが続けた。
「さっきから何だよ」
 問うような目をしてアスマが自分を抱いている相手を見上げる。
「いいから。好き?」
 それには答えず身を伏せて、カカシはアスマの首筋にくちびるを当てながらやわらかい声でたずねた。
 その吐息は熱く乾いていて、抑えながらも浅くはやい。
「さぁな」
 うすく笑って流そうとしたアスマを逃がさず、カカシがぐいと男の顔をつかむ。
「……ねえ、好きって言って」
 指に反して、その声はどこまでも秘やかに甘い。
「お前なあ―――」
 だから一体何なんだと言いたげなアスマをさえぎり。
「いいから言って」
 カカシが重ねて言葉をねだった。
「好きだ」
「んっ……もう一回。ちゃんと、言って」
 欲しい言葉を耳にしてカカシの息が乱れていく。
「言ってくれるだけでも……いいんだよ。それでも嬉しいの。アスマがオレのこと……好き、なんだって思うと」
「……お前が好きだ」
 ごく低い声でアスマがカカシに睦言をささやく。
「―――ん、あッ」
 とたん、カカシがかすれた悲鳴にも似た声をあげた。
 アスマの中にある漲りがどくんと脈打ち、その大きさと硬さとを増していく。
 カカシは腕にした脚をぐいと引き寄せて抱え直した。
 抽送をはげしくして腰を大きく前後させるうち、光る汗の珠が流れ落ちて腹の割れ目の間をつぅと伝う。
 みだらに濡れた音と喘ぎが部屋の中にあふれていく。
「ねえっアスマ!……も、イっていい?……んっ、う!……ね、いいっ?」
 はぁ、と荒いだ息を吐き、かすれた声で言いながら、カカシは切なそうな表情を浮かべてアスマに訴えた。
「イけばいいだろ」
「オレだけじゃイヤ」
 恨めしそうな顔をしながらカカシがだだをこねる。
「わがままな奴」
「だからアスマも一緒にいこ」
「どういう理屈だよ」
 そう言いながらもアスマは付き合いよく自分の股間へと手をのばし、勃ち上がっているものをしごき始める。
「あ、でもオレもうダメ。ねっアスマ!」
 聞かず、カカシが切羽詰まった声をあげた。
 言いながらも、アスマの中に埋め込まれたペニスがびくん、とひときわ強く波打って。
「分かったよ、イきゃあいいんだろ」
「だから早くッ!オレもう持たな―――ア」
 眉根を寄せてこらえていたカカシが悲鳴のような声をあげた。
「おいちょっと待て!」
 一緒にいってやると言ったからには律儀に守ろうとしたアスマだったが。
「もダメ……待てなっ……アスマのバカッ!」
 口をきくのですらやっとでありながらもカカシは減らず口をたたきつつ、雄の本能にしたがって何度も腰を強く打ちつける。
「てめえカカシッ!誰が馬鹿だ@」
「―――あ、出っ……ん!うん、んっ!」
 降り注ぐ怒声をよそに、カカシはぐぅっと背をのけぞらせながらアスマの中で射精した。






 カカシとの情事を済ませたあと、けだるい四肢を投げ出して寝そべりながら紫煙を吐き出していたアスマは、寝台の端からひょこひょこと見え隠れしながら揺れている銀糸のような髪にふと気を引かれて手を伸ばした。
 指に触れた手ざわりに昔飼っていた犬のことを思い出して、何とはなしにカカシの髪の中に指を突っ込み、そのついでにわしゃわしゃと頭を撫でる。
「なにしてんの?」
 アスマのシャツを躰にひっかけ、床に転がって書物を読んでいたカカシは、しばらくの間おとなしく撫でられるままになっていたのだが、いつまでたっても離れていかない男の手に顔をあげた。
 その視線を上に、自分の頭の上へと動かしていく。
 けれどアスマの手は見えなくて。
 むくりと身を起こしたカカシは自分の両手を持ち上げて、動いているその手を捕らえた。
 そして大きく口をあけると、目の前にまで持ってきたアスマの手にはぐりと噛みつく。
「――――飼い犬に手を噛まれた」
 憮然としながらアスマが呟いた。そのまんまである。
「…………あむ?」
 手をくわえたままのカカシが首をかしげた。
「いいから離せ」
「…………ぺっ」
 噛み戻していたものを吐き出すようにして、カカシがくわえていた手を口から落とした。
「―――てめぇ」
「痛いって!痛いっ!」
 さっきまで撫でていた頭に再び手を伸ばして銀髪を鷲づかみにした男の手を引きはがそうと努力しつつ、カカシが抗議の声をあげる。
「お前なぁ、一体何を考えている?嫌なら嫌だと言えばいいだろうが」
 歯形のついた手でカカシの髪をつかんだまま、アスマがあきれたような顔を見せた。
「嫌じゃないよ。頭撫でてくれたでしょ。アスマのそういうとこ、好き」
 ようやくのことで男の手を引きはがしてヒリヒリする頭皮をさすり「ハゲるだろ」と文句を垂れつつもそう言ってカカシが笑った。
「またかよ。意味分かんねぇぞ」
 アスマが眉根を寄せながら煙草のフィルターを噛む。
「アスマのことも好き」
「だから意味つながってねぇって。それにな、へらへら笑いながら言ってんじゃねぇよ」
 お前、どっか頭おかしいんじゃねえか、とアスマがカカシに眇めるようなまなざしを向けた。
「でも好き」
 めげた様子も見せることなくカカシがくり返す。
「そうかい。ちなみにその科白、何人に言った?」
「……うーん?数えてないなあ」
「そうかよ、お盛んなこって」
 首をかしげたカカシに、アスマが白い眼を向ける。
「ほらオレってモテるし」
「勝手にやってろ」
 付き合いきれるかと言いたげな顔を見せたアスマはひらひらと片手を振って寝台の上に戻っていった。
「……アスマちゃんが遊んでくれない」
 床の上に身を起こしたまま、拗ねたような声で言いながらカカシが相手の様子をうかがう。
「――――――」
 けれどもう相手をする気はないらしい男が煙草を口にくわえて天井を見上げているのを眺めながら、カカシは口元にちいさな笑みを浮かべた。

 本当は、数えていないのではなくて、数えられない。
 数えられないほど多いんだと言ったら―――不実だとオレを責めるか、アスマ。
 その中にはもう、いなくなってしまった者も多くいて。
 その数はとても―――そう、とてもたくさんで。
 いつの頃からか自分は数えることをやめてしまった。
 そうしたら、今度は数えようとしてもできなくなって。
 やがて本当に数えられなくなってしまった。
 そして今ではもう、ふとした折りに思い出そうとしても、自分の頭の中にも躰の上にも手のひらにも、それは残っていないのだった。

 とりとめのない思いに沈んでいたカカシの頭の上に、もういちど男の手が降りてくる。
 銀の髪をぐしゃりとつかんだ手が、カカシの頭をまた撫でた。
「…………?」
 理由が分からずに、カカシはへらりと笑いながらアスマを見上げる。
「笑わねぇでいい」
 静かな声とともに思わぬ言葉が降ってきた。
「え」
「笑うなと言ってるんだ」
 笑みを顔に貼りつけたまま、驚いたように動きを止めているカカシに向かってアスマがもう一度そう告げた。
「あーごめん。オレの笑い方、嫌いだった?」
 理由をそう受け取ってカカシが謝罪を口にする。
「違う。無理に笑わなくてもいいと言ってるだけだ」
「じゃ、どんな顔してたらいいわけ」
 笑顔を見せたままながらカカシが困ったように言う。
「むっつりしてろ。たまにはエビスのような顔してるのもいいんじゃねぇか」
 ふ、とアスマの唇に笑みが浮いた。
「そっちの方が疲れるでしょ」
 相手の笑みを目にして、ほっとしたように息をついてカカシも笑う。
「ぐだぐだ言ってんじゃねぇよ。……気にしねぇでいい、ここじゃお前の好きな顔してろ」
 アスマはそう言うと、つかんでいたカカシの髪から手を離し―――。
 最後に拳骨で頭のてっぺんをぐり、と押さえつけてから離れていった。
「……て」
 かすかに残る痛みにカカシは自分の頭へ手をやった。
 アスマのかたい拳骨を押しつけられた場所を、ゆっくりと撫でさする。
 そうしながらカカシの唇が、もう一度ちいさく笑った。


 家に遊びに来るカカシに対して、アスマはその辺の悪ガキに対するような態度を取ることが多かった。
 カカシがアスマにちょっかいを出すその度合いが過ぎたものであれば、容赦なく怒鳴ったり殴ったりする。
 その反対に、さっきのようにいきなり触れてきたり、意図もなく撫でてみたり―――時には、片手でふいに抱き寄せてみたりすることもあるのだった。
 どうやら犬かなにかと間違えているような節もある。
 しかしそれに乗じて、カカシがそのまま大きな犬さながらにアスマへとのしかかり、たいした抵抗もしようとしない相手の面倒くさがりな性格を知った上でそれを逆手に取り、うまいこと丸めこんで抱いてしまうこともあるのだが。

 関係のできあがるずっと前から、カカシはアスマに触れることも、アスマに触れられることも好きだった。
 だけどそのうちもっと触れたくなって、やがてアスマと深く情を交わしたくなって。
 それなら男であるアスマに向かって抱かせてくれと頼むよりも、自分を抱かせる方が確実だろうと踏んだカカシが折りを見計らって酒を片手にアスマ宅を訪れて。
『ねーオレのこと抱いてくれない』
 と、酔いに任せたふりを装って迫ったかつての時。
 俺は男を抱くつもりはねぇからとあっさり断られ、じゃあオレが抱くならいいよねと詭弁を弄し、有無をいわさずその場でアスマを押し倒した。
 カカシにとっては―――。
 猿飛アスマという男に対して欲情する自分にとっては、本当にどちらでも良かったのだ。
 そしてアスマが、男を抱くことには興味がなくても抱きたい奴は面倒くさいから好きに抱けていけという、あまりにもずさんな性格だったことが――カカシにとっては――幸いした。
 ふたりの間ではそれ以来の関係が続いている。


 アスマはカカシに何の遠慮も容赦もしない男だった。
 カカシにはそれが心地よくて。
 ありのままの自分でいられて―――特に非番の日などにアスマの家でごろごろしているような時、自分がとても楽に呼吸をしていることに気づくのだった。

 里の中を歩いているような時、カカシに向けられる視線には多かれ少なかれ、決まったある色を含んでいた。
 自分たちとは違うものを見る、どこかおそれを含んだような畏怖にも似た色。
それは忌み嫌う視線とは違うけれど、贅沢を言うつもりもなかったけれど。それでもカカシとしては自分はごく普通の人間のつもりであって。なのに。
 通りすがりの相手から向けられるその微妙に遠巻きな視線は、どんなに慣れてしまった今となっても、小さなトゲのようにちくちくと肌を刺していくのだった。
 それはカカシが幼い頃から発揮していた異能ともいえるほどの、そして長じては里の内外に鳴り響いているその強い能力ゆえで―――加えて今となっては左目にはめ込まれているもののお陰でさらにそれは高まって、同時に人との距離も広がることとなった。
 けれどアスマは、そういったことをまるで忘れているかのように、なにひとつ分け隔てなく振る舞うのだ。
 単に気にしていないだけかも知れない。もしかしたらただの無頓着であるのかも知れない。だがそれでも。
 カカシを懐に受け入れた理由は、同じ上忍だからとか、同じ暗部出身だからとか、同じアカデミーの教師だからとか、そうではなくて―――それはアスマだから。
 だからだと、カカシはそう思っていた。
 カカシはここが、アスマの居るこの場所が好きだった。
 自分にとってここはとても大切なものだった。
 だからたとえ自分がいつか居なくなってしまったとしても、アスマには自分にとって大切なこの場所へいつまでも居て欲しい。ここで、変わることなくいつも笑っていて欲しい。そう思っていたから―――。
 自分以外の人間もたくさんここに遊びに来ていることがカカシにはとても嬉しかった。アスマのことを好きな人間たちが寄り集まってくることが。
 それならたとえ、自分が消えてしまったとしてもアスマが寂しくなることはないからだ。
 この場所でたくさんの人間に囲まれているときは、穏やかに笑っていられるからだ。
 アスマがずっと幸せでいられるから―――。
 自分たちのような殺伐とした日常に身を置いている者にとって、そういう時間はとても大切なものであることは知っているから、少しでもアスマのその幸せが続くようにとカカシは願っていた。
 それから、その光景の中に自分の姿ができるだけ長く在れればいいなとも。―――ごくひっそりと。