正しい車載ビデオの使い方 |
「―――うッ……あ」 がくりと、清次が京一の躰の上にくずおれる。 「はぁ…ッ、はぁ……ッア。わり…いッ!……京一」 荒く弾む息がおさまらぬままに口走る。 「……やっぱり達けなかったか」 その下で同じように荒い息を吐きながら京一が苦笑した。 「―――先にイッちまって……すまねェ」 顔をあげた清次が、乱れた呼吸のままで決まり悪そうに詫びた。 「お前のせいってワケでもねぇよ」 「……すまねェ……」 自重を知る清次はシーツの上に両手を突き身を持ち上げて、汗ばんだ躰を離して京一の上からどく。 「―――そんなに男知ってるわけじゃねぇからな」 何がおかしいのか、京一はくくくと笑った。 清次が離れると躰の表面に浮かんでいた汗が空気に触れ、燃えるような躰から少しずつ熱が奪われていく。 「前もいじらねぇとイケねぇんだよ」 そう言って、だるそうに身を起こした京一はベッドのパイプに背を預けて両膝を立てた。 隠すでもなく自然な動作で自分の股間へと手を伸ばす。 「……出しちまうか」 脚の間で熱を持ち、硬く勃ちあがったままのものに指を絡ませると、機械的にしごき始めた。 「俺に……挿れるか?」 驚いたように目を丸くしながらそれを見ていた清次が、ふと気付いてとまどいながらも問いかける。 「いらねぇよ」 京一が面倒くさそうに言った。 生理的な刺激が生む快感に、軽く眉根を寄せている。 「てめぇでしようが……女の口ん中だろうが、男のケツん中だろうが、大した違いはねぇだろ。出す時がイイってのはよ」 その唇から、押し殺した息が洩れ始めた。 清次とのセックスでもうすでに充分な昴りは得ている。 あとは最後の到達を引き寄せるだけだった。それはごく近くにある。 「手ェ離せよ……京一」 顔を寄せた清次が、絡んだ指を外そうとする。 「清次?」 「いいからどけろって」 焦れたように指を掴み取った清次が、唇を近づけた。 何のためらいもなく京一をその中にくわえこむ。 「………」 両脚の間に埋まる頭を見おろした京一は、白いシーツの上へと腕を投げ出した。 漲りに指を添えた清次が含んだそれに舌を這わせると、脈打っている京一の大きさが更に増した。 清次の口の中で強く反り返る。 「…………ぅ」 頭上にある京一の唇から、かすかな声が洩れた。 黒髪の中に滑り込んできた長い指が、無意識のうちに清次の頭を押さえつける。 京一を飲み込んでいる清次は、喉の奥ふかくまでを犯されてくぐもった音を鳴らしたが、構わずに唇を上下させた。 先端からにじみ出す甘露に唇を外した清次は、尖らせた舌先で丁寧に舐め取るとまた京一を大きく含む。 「おい……離せ。……出る」 うめくように言った京一は長い髪を鷲掴んで頭を引き剥がし、清次の唇から唾液にまみれたペニスを掴み出す。 どく―――と先端から噴きこぼれた熱い体液が、京一の指を白く汚した。 清次の顔にも幾筋かの飛沫がかかる。 「ティッシュ」 浅い息を吐いた京一が、空いている手を伸ばす。 「……ああ…」 顔に飛び散った白濁をぬぐった手の甲を舐め取りながら、清次は取り上げた四角い箱を京一に手渡した。 「京一。大丈夫か」 けだるい仕草で京一がああ、と頷く。 「その、よ。……京一」 少しはよかったか、とためらいがちに清次が訊いた。 「……ああ、悪くはねぇよ」 見上げる京一が、いつもより低い声で応えた。わずかに声が掠れている。 理由に思い当たった清次は赤くなりながら、ベッドの上で身を投げ出している男にチラと視線を走らせる。 京一は、情事の余韻を色濃く漂わせている躰を惜しげもなくさらしていた。 躰中のそこかしこに浅い爪痕や紅痣、甘噛みされた痕跡が散っている。 清次の舌と唇とで育てられたペニスは、まだ大きさを残したまま股間でうなだれている。 引き締まり筋張っている太股には重ったるい白濁が伝い、ぬらりと鈍い光を放っていた。 自分が抱いたばかりの京一のその姿は、同じ男ながら妙に生々しく清次の目に映る。 ちらちらと見ているうちに、再び喉の渇きを覚えていた。 放ったばかりである筈の清次の性器が、むくりと勃ちあがる。 「…………ッ」 焦った清次は、京一の眼からそれを隠そうとして身じろぎした。 「まだし足りねぇのか」 だが、目敏く気付いた京一がその股間を見て笑う。 「そういうわけじゃ……」 こちらに向いた顔を正視できなくて、清次は赤らんだ頬を隠すようにしながら視線を逸らして横を向いた。 「構わねぇよ―――今晩はお前につき合ってやるさ」 「……京一」 その言葉に清次が振り向いた。 ―――今晩は……。 今は―――。 それは最前、自分で出した答えと同じものなのに。 胸の中のどこかがひどく痛んで、清次は小さく眉根を寄せた。 「どうした、不満か?」 問いかける声へかすかに頭を振る。 「そんな事はねェよ」 低く言った清次は、うっすらと汗ばみながら息づいている京一の躰へとふたたび手を伸ばした。 「………重い」 京一が声を発した。 憮然としたような響きがこもっている。 だが、その上に覆い被さったままの清次からは何の反応も返ってこない。 最前、京一の中で果てたのとほぼ同時にそのまま意識を失ったのである。 のし掛かる重みに顔をしかめた京一は、異様に筋肉含有量が高い男の躰を片手で押しのけようとした。 「………く…そ」 だが普段なら片手で振り払えるはずが、意識のない清次の躰は地球の重力も手伝って巌のように重い。 更に言えば、忌々しいことに自分の躰も一時的ながら似たような虚脱状態にある。 仕方なく両腕を使って自分の上から払い落とそうとした。 「――――――ッ」 顎をのけぞらせた京一が動きを止めて身を強ばらせる。 立てたままの両膝が、痙攣するようにビクリと揺れた。 眉根を寄せて躰から力を抜くと、ぬめりながらずるりと抜け落ちた清次の感触をやり過ごそうとする。 その直後に。 「…………!」 躰の奥から流れ出したものが腿の表面を伝う、生ぬるい気色の悪さを無言でかみ殺した。 京一は深く息を吸い込むと、重い躰を一気に持ち上げ、そのまま横へと放り出す。 その重量に耐えかねたパイプベッドが、ズン―――と揺れた。 だが固いベッドの上にバウンドする勢いで手荒く投げ出されたというのに、清次はうめき声ひとつすら立てない。 「……ッたくこの絶倫が」 吐き捨てるようにして京一が口を開いた。 余計な重労働を強いられた恨みも手伝って罵りの声をあげる。 だが。 「確かに……好きに抱けとは言ったがな」 その声には疲れたような響きが見え隠れしている。 「何度やりゃあ気がすむんだ?」 忌々しそうに呟いた。 「あげくの果てには気ぃ失いやがって」 馬鹿が。 じろりと横目で見おろした。 だが、ザマぁねぇなと鼻先で冷たくあしらいながらも、その顔には、けだるい色が浮かんでいる。 全身のそこかしこが、いまだ引かぬ余熱を放っていた。 ひときわ熱く感じられる躰の最奥は、過ぎた快楽にずきずきと疼痛を訴えている。 チ、とわずかに顔を歪めた京一は軋みをあげる躰をなだめすかしながら、ベッドに背を預けてもたれかかった。 ひんやりとしたパイプの冷たさが、火照った躰に心地よい涼感をもたらしていた。 深く息を吐く。 「―――にしても……」 京一が、不機嫌な表情をあっさりと払拭させる。 その唇に、苦笑にも似たものを滲ませた。 「……ようやく言ったか」 抱きたい、と。 「―――情けねぇ奴」 あらためて傍らの男を眺めおろす。 度重なる緊張に翻弄された清次は、躰の中にためこんでいた欲望の解放で一気に疲れが押し寄せたのか、泥のような眠りに落ちていた。 深い呼吸音が洩れている。 「なぁ清次。俺は――― 」 言いながら、清次の放った白濁がツゥと垂れている自分の内股に眼を向けた。 指先で拭ったそれを口許に持っていき、伸ばした舌先でぺろりと舐める。 「――― お前あたりで……手を打ってやってもいいと思ってるんだがな」 舌を刺す青臭い匂いが口中にトロリと広がった。 舌の表面を口蓋に擦りつけてしごき取る。 「けどまぁ……面白ぇから言わねぇでおくか」 フン、と低く笑った京一は目の端で、手のひらに張り付いている異物を認めて長い指を広げた。 白い柔紙だった。手のひらの肌色が透けて見える。 表情を変えずに親指で擦り取り、ティッシュの残骸をパラパラと払い落とした。 「俺が欲しいんなら気合い入れてついて来な」 独り言のように呟いた京一は、こびりついて擦ったぐらいでは落ち切らないティッシュの残り滓に顔をしかめる。 だがすぐに、興味を失ったような無表情でその手をベッドの上に投げ出した。 「そうしたら―――お前に………」 京一の唇から、低い声が洩れた。 「………俺をやるよ」 醒めた視線で、自分の躰をゆっくりと眺めおろす。 固い筋肉に鎧われた男の躰。 人の形をした肉の器。 発汗を調節する代謝機能。 運動量によって上昇する体温。 生理的な刺激に反応する快楽中枢。 「こんなモンでもよけりゃあ……」 言いながら薄く笑った。 「―――やるさ」 自分が清次に渡せるものは少ない。 せめて躰ぐらいくれてやってもいい。 「何にも言ってやれなくて……すまねぇな」 応える声はないのを承知で、なおも言葉を重ねていく。 いや。だからこそ口にできることもあるのだろうか。 「俺は、ダメなんだよ」 お前がどうだからってんじゃなくて。 「―――俺が、な」 差し出された手を取ることができぬ業を負っている。 近づく者をかみ殺すしか知らぬ獣を飼っている。 自分はその上にようやく立っている。 「許せとは言わねぇが……」 すべてを自分で決めて。 お前には。 伝えるしかできない。 だから―――。 「そこで見てろよ、清次」 俺のすべてを。 たとえ口を挟ませることはできぬとしても。 背を預けることができぬとしても。 誰かが自分のすべてを承知しているのだということの、 その意味を。 「……お前は知らねぇんだろうな」 自分が為すことのすべてを―――。 見届ける者がいるのだということの意味を。 その大きさを。 それが。 こんな俺をも救っているのだということを。 お前はこのままずっと。 「―――知らなくていい」 だから、ただそこにいろ。 「俺に、それ以上―――」 近づくな。 「そんなのも辛えんだろうが……」 そこまでは俺の知ったこっちゃねぇ。 口の中でそう呟いて。 身勝手にすぎる自分を知っている男は、うっすらと唇を歪また。 「どうしようもねぇんだよ、俺にも」 だから―――清次。お前は。 「……そこにいろ」 いつの日か。 お前が俺に飽きるまで。 耐え切れずに俺を見放すまで。 そこに―――。 「……いろよ」 語りかける声は、奇妙な穏やかさを帯びていた。 静かに息を吐いた京一が、ゆっくりと天井を見上げた。 「………走りてぇなぁ」 宙に視線を移ろわせていた両の眼が、遙かな遠くへと焦点を結ぶ。 無性に走りたかった。 ただ走りたかった。 心を空っぽにして闇雲にどこまでも走りたかった。 真っ暗な夜の中を。 誰も連れず誰も率いず。 ――― たった独りで。 『走りたい』 まるで細胞のひとつひとつ、遺伝子に書き込まれているかのような渇望。 この世に生を受けた時、いのちの青写真へと刻まれたかのように。 逃れることのできぬ本能のように。 走らずにはいられない。 「……出るか……」 ゆるやかに意識が馳せていく。 馴染んだその場所へと。 放たれた矢のように跳んでいく。 水の匂いがする大気の中を山へ―――峠へと。 灰色の壁を通して意識をこらす。 双眸の奥底が、力強い光を放ち始めていた。 ゆっくりと戸口へ視線を向ける。 眼前の空間におぼろげな輪郭が白く浮かび上がり。 次第にそれは人の形をなしていった。 鏡の中で見慣れた姿。 京一の想念がもうひとりの京一を生み出していた。 湧きいでた分身が音もなくベッドから立ち上がる。 真っ直ぐに部屋の出口へと向かい、外へと踏み出した。 自由をたずさえて。 階段を下りた京一は駐車場に辿り着き、漆黒のマシンのドアを開けた。 慣れた動作でどさりと身を落とし、奥までぐいとキーを差し込んでひねろうとする。 ふと暗い空を見上げた時、頬に落ちて来たものがあった。 雨粒。 あるはずのルーフを通り抜けて、また、ポツリと一滴。 京一の肌を濡らす銀のしずくがあった。 両のまぶたを開いたままで暗い空をじっと見上げる。 微動だにしない京一の眼球を、頬の上を。降りしきる雨が濡らしていく。 パラパラと、落ち来るしずく。 天からの鉄槌のように。 厚い雲の垂れこめた闇空を切り裂いて、地上へと降りそそぐ冷たい銀色。 曇天から疾った一滴の雨粒が。 タンッ――― 。 銀の弾丸となって京一の額を撃ち抜いた。 現実の京一の指先が、シーツの上でぴくりと動く。 反射的に強く握り締めた右手の中に、何かを掴んでいた。 ゆっくりと指を開く。 ひしゃげた四角のパッケージ。 清次の煙草だった。 京一の右手はキーを握ってはいなかった。 両眼をまたたかせて意識を取り戻す。 京一の肉体は、薄暗い部屋のベッドの上から一歩も動いてはいなかった。 漆黒の生き物は、命芽吹かせる事なくその鼓動を止めた。 京一の両眼から光が失速する。 緩慢な動作で箱を持ち上げて、よれた一本を振り出し唇に挟む。 脇に転がっていたライターで火をつけた京一は、ぼんやりと宙を眺めた。 自分は連れて行けるのだろうか。 どこかへ、誰かを―――。 手の中で呆気なく潰れた箱へと目を落とす。 自分のものではなかった、それへと。 手にしていたばかりに―――。 意識することなく握り潰してしまったもの。 視線を宙に戻した京一は、ゆっくりと手のひらを握り込んだ。 わずかな感触。 顔色一つ変えずに手の中の残骸を放り出す。 京一が目もくれなかったそれは、原型をとどめぬまでにぐしゃりと潰れていた。 躰が鉛のように重かった。 だらりと四肢を弛緩させながら煙を胸に吸い込んだ。 馴染まぬ味のそれが、肺の中で不快によどんでいく。 「……まずい……」 何も映さないブラウン管から洩れる光が、部屋の中をシンとした青さに染めていた。 暗い海の底のようだった。 京一の吐き出す紫煙が、ゆらゆらと視界をよぎっていく。 しとつく雨の音だけが聞こえる部屋に、沈み込むような煙が幾重にも白く漂い始めた。 ― 了 ― |
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