Sweet☆Sweet☆Strawberry |
「お前にやる」 清次と顔を合わせた早々、京一は手にしていた白いビニール袋をずいと突き出した。 街中にいるはずの京一を拾って帰ろうと連絡した時、清次が告げた到着予定時刻は午後6時。現在は7時である。珍しく道中が渋滞していて到着の遅れた清次が「待たせてすまねェ」と謝ろうとした矢先のことだった。 「へ、俺に?」 けげんそうに自分を指さした清次の顔が、ついで探るような色を浮かべる。 「あのよ京一、それって……」 ―――まさか。 口に出すのが怖くて後が続かない。 京一に限ってそんなこたねェと心の中で否定したのだが、ほんのわずかに生まれた期待が清次を口ごもらせる。 今日は12月24日だった。 町のそこかしこでジングルベルが鳴り響き、世の中はクリスマス一色に染め上げられている。そのにぎやかな喧噪を京一が知らぬとも思えない。 「それってまさか……」 清次は乾いてしまった唇を舌で湿しつつ、それとなく相手の様子をうかがった。 「何だ」 尋ね返す京一に、いつもと違う様子は見受けられない。 「いや。その、よ」 判断しかねて清次がふたたび口ごもる。 それでも今日は24日なのだ。 ―――まさかだが、もしかして俺に。 クリスマスプレゼント。 リンゴンと鐘が鳴った。少しだけ胸が躍る。 にしては目の前にぶらさげられたそれは、色気のかけらもないコンビニ袋のようなものであった。がそれでも京一なりにプレゼントはプレゼント―――なのかも知れない。そう思うと胸が高鳴っていく。ふくらむ期待にどきどきと胸の鼓動が早まった。 京一の方では清次を恋人―――はあり得ぬとしても―――果たして情人とすら思っているかどうか怪しいが、時おり気まぐれに清次と関係を持っていることは確かである。 ―――てェことはだぞ? 日付が日付であるだけに、これはもしかするともしかするのかも知れない。 喜んだり危ぶんだりしながら清次が一人いそがしく考えを巡らせていると。 「おい、早く受け取れ」 しびれを切らしたらしい京一の声が飛んだ。 「お、おう」 我に返った清次が慌てふためきながら顔をあげた。京一を見れば、ビニール袋をつかんだまま早くもその眉間が寄っている。 そっけない。 情人へのプレゼントを渡すにしては、あまりにそっけなさすぎる。 愛想もへったくれもあったものではない。 泣きたくなるほどの無愛想さである。 しかしこれが京一なりに精一杯の好意なのかも知れない。いやそれとも。 まさかとは思うが―――もしや照れを隠すために敢えて普段通りを装っているなどということは―――――。 ―――京一……ッ。 自分にとって都合のいい妄想を果てしなく暴走させた清次が感極まった思いを胸にする。 今までに何度も甘い期待をしては手ひどく裏切られている。清次もさすがに学習しているのでやや疑いの気持ちは残るものの、高まる期待に嬉しさを隠し切れない。 京一の手からいそいそとビニール袋を受け取った。 「ん?」 すとん、と手の中に落ちたそれは思っていた以上にずいぶんと軽い。 いったい何が入っているんだと覗きこんでみると、袋の中には。 「ダースチョコと……ハイチュウ?」 清次が唖然としたような声をもらした。 これにてクリスマスプレゼントではないことが確定。 もしまかり間違ってくれるとしても、京一がこれを選ぶことは決してあるまい。 清次は力なく肩を落としつつ、深いため息をついた。 しかしまだ謎は残っている。なぜ京一がこんなものを持っているのか。 「―――余り玉だ」 物問いたげな清次の表情を読んで、京一が端的な答えを返した。 それを聞いて周囲を見渡せば、そう遠くない場所で派手な点滅をしているPARLORの文字。 彼らのいる場所は、そのパチンコ店が所有する広大な駐車場だった。 清次を待つ間、手持ち無沙汰だったのか京一はあそこで時間を潰していたらしい。 ―――へェ。京一ってパチンコするのか。 目の前の男と店に視線を往復させて見比べる。 京一とパチンコ。 ―――似合うような似合わないような。 見てくれで言えば違和感はまったく無いのだが、京一は時間を無駄に使うことを嫌うため、今まで清次がそういった場面を目にしたことはない。 つらつらとそんなことを思いながら袋の中に視線を落とした清次はあることに気づいた。 「あん?」 取っ手を引っ張ってしげしげと中をのぞきこむ。 「なあ京一。これよ、開いてるんだけど…………」 誰かの食べかけなのだろうか。 チョコレートの方は手つかずだったが、ハイチュウは封を切った形跡があるのだ。 袋の中から取り出してみると、包装紙の一端がむしられていて、ちょうど1個分ほどの中身が足りないことが見てとれた。 しかし京一は菓子のたぐいは好まないはずである。 謎が更なる謎を呼び、清次が途方に暮れたような顔を贈り主に向ける。その視線の先で。 「煙草が切れて口寂しかったんでな」 俺が食ったと京一が言った。言いながら何やら顔をしかめている。 「清次。水か茶か、何でもいい。持ってねえか」 「持ってねえ。そのへんの自販機で買ってこようか」 チーム内広しといえど、セカンドの座にある男をパシリに使っているのは京一ひとりだ。 清次も慣れたもので、自分から遣いを買って出る。 「いや、ねえならいい」 そう言いながら京一は顔を、というよりも口元をしきりにゆがめている。 「おい?」 どうしたと言いかけて清次の動きが止まる。 鼻先に何やらぷ〜んと甘ったるい匂いが漂ってきたのだ。 フンフンと鼻をぴくつかせて匂いのもとたどってみると、発生源はどうやら京一のようだった。 「………………」 顔いっぱいに疑惑の色を浮かべた清次の視線が、手の中の菓子へとゆっくり落ちる。 森永チューイングキャンディ ハイチュウ <ストロベリー> 包装紙にはそう書いてある。 ―――ストロベリーってのは。 イチゴ味。 包装紙には、赤く熟した苺の絵がいくつも印刷されている。 京一の周りで甘く漂っているのは、まごうかたなく確かにイチゴの匂いだった。 ―――そりゃ、食ったんなら匂いもするだろうけどよ。 よりによって京一がイチゴ味。 「へ、へえ。珍しいことがあるも―――」 動揺しつつも口を開いた清次だったが、科白は途中で断ち切れた。 前触れなく手をのばしてきた京一が清次のあごをつかみ、強引に唇を合わせてきたのだ。 「な、んッ……!?」 仰天した清次が目を白黒させる。 ―――なんだ。 なんだこれは。 何が何でどうして―――――――――。 いきなりのことに状況が把握できず硬直する。 ばくばくばく。 自分の心音がとってもうるさい。 清次の頭はいま混乱のきわみにあった。 ―――おかしいぞ。おかしい。 いやおかしいこたァ分かってる。 自分から京一にしようとして拒絶されたことなら無数にあるが―――かつて京一の方からキスしてくれたことなど一度でもあっただろうか。いや無い。反語。 動揺しながらも「こんなチャンスを逃してたまるか」とばかりに腹をくくった清次が目をつぶり、京一からの熱烈な口づけに応えようとした、そのとたん。 味覚が異常を訴えた。京一の口唇から異様な甘さが伝わったのだ。 「うげ、甘ッ!!」 「―――逃げるな」 どこか据わった目つきの京一が、反射的に飛びのこうとした清次のあごを捉え直す。 ゆっくり顔を近づけると、舌先をのばして清次の唇をぺろりと舐めた。 「ッ!?」 京一がそんなことをするなど。 ―――ありえねぇッ。 あまりの恐怖に清次の理性が吹っ飛ぶ。 しかし何事かをわめこうとして口を開けたとたん、京一の舌がすべりこんできた。 そのまま深く唇をかさねあわせる。 巻きつくように舌を絡められ、息もつげぬほどきつく吸われた。 「むぐッ。んーーーーーんんんッ!!」 本来、清次にとっては棚からぼたもちな状況である。 しかしここまで激しく息を奪われてしまうと、嬉しいというよりもむしろ苦しい。 「……………!!」 窒息の危機を覚えた清次が声を出せぬままじたばたもがく。 がしかし。逃げようとする清次を京一が追ってくるなど―――京一の方からキスしてくるなど、この先きっともう二度とない。 ないかも知れない。 ないような気がする。 清次が複雑な思いにとらわれている間にも、重なりあう唇からは湿った音がもれている。 ―――ええい、ままよ!! このままでは自分としても立場がない。 未知の恐怖に打ち震える乙女のごとくなすがままにされている場合ではないのだ。 もうこの際である。味覚は無視することにした清次が手を伸ばして京一の腰を抱いた。 「……おい京一ィ」 身を離すと、清次は濡れた口元をぬぐいながら何とも情けない声をあげた。 正気に返ってみれば、ひとときの甘い夢は―――文字通り甘かった。甘すぎて、感触―――ははよかったのだが後味の方はとてつもなく気色悪い。 菓子の種類にもよるが、清次もこの手の甘さはあまり得意な方ではない。 「気にするな。ちょっとした嫌がらせだ」 しかめっ面をしている清次に対して、京一はどことなく満足そうな気配を漂わせている。 最前まで不愉快そうに見えていたが、その実、珍しく悪ふざけをするほどには機嫌がよかったらしい。 断りもなく清次の胸ポケットに手をのばし、煙草の箱を抜き取ると一本くわえた。 「……ったくよう」 「火」 いまだ苦虫をかみつぶしたような顔をしている清次を無視して、京一が要求する。 「分かったよ」 ごそごそと懐を探って百円ライターを取り出した清次が石を擦った。 手の中で火を囲い、相手の口元へと寄せる。 火口をともした京一が無言のままに深く吸い込んだ。 ――――――ふゥ。 最初の一服をうまそうに味わい、やがて煙を吐き出すと。 「行くぞ」 くるりときびすを返して、駐車場に停まる白のランエボIVめがけて歩き出した。 「お、おいちょと待てよ京一ッ!」 慌てて清次が呼び止める。もっと落ち着いた場所で切り出そうと思っていたのだが、気まぐれな京一相手に場所など選んでいる時ではない。機嫌がいいなら今がその機嫌をさらによくするチャンスだった。上手くいけばこのまま今晩―――いや明日の朝まで京一と一緒に過ごせるかも知れない。 「なんだ」 呼び止める声に足を止めることなく、京一の背中が先をうながした。 「俺、よ。実はお前にクリスマスプレゼントが―――」 「いらねえ」 ふりむきもせず京一が清次の好意を切って捨てた。ついでに下心もざっくり切り裂く。 「待てって!ブツはモチュールのオイルだぞッ!!」 ここであきらめるには早すぎる。破れかぶれの勢いで清次が叫んだ。 高性能にして高価なエンジンオイルの名を耳にして、京一の足がゆっくり止まる。 ようやく相手の気を引くことに成功して清次がようやく息をついた。 |
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