Sweet☆Sweet☆Strawberry |
「300Vコンペティションの15W-50だ」 反応をうかがうようにしながら、京一の背中に向かって続くスペックを口にした。 リッターあたり三千円以上もする代物である。高性能であることは分かっていても、年に何度も交換することになるオイルに、そこまでの投資をし続けられるほど懐の潤沢な走り屋はそういない。となれば自然、安いオイルを回数多く交換することで性能不足をしのぐことになる。 京一が肩越しに振り返った。 ゆっくりと向きを変え、無表情のままに清次を見つめる。―――と。 「よこせ」 その場を動くことなく片手だけを差し出した。 「……あのな」 がっくりと地面に膝をつきそうになった清次が必死の思いで踏みとどまる。 拳をぐうぅと強く握りこんだ。 特に何か言葉を期待したわけではない。が他に何か言いようはないのだろうか。 いやそれが期待していたということだ。何度経験しても懲りない自分の甘さを思い知る。 「ま、いつものことだよな」 清次が自分に言い聞かせるように力ない声でつぶやいた。 そう、まったくもっていつも通りの京一である。 むしろさきほどまでは異常事態だったのだ。 ということは。 ―――ち、ダメか。 上手く転がせたら、などと京一相手にばくちを打った自分が悪い。期待に胸ふくらませたのも自分の勝手。 いつも通りの結論に達して清次がうなだれる。 「いいけどよ。お前ってほんっと現金だよなァ……」 ぼやきつつ、慣れもあって早々に立ち直った清次がブツは車の中だと顎で差す。 うなずいた京一がすたすたと歩き出し、肩を落とした清次が後に続いた。 自分は決して間違ってはいなかった。 京一はクリスマスプレゼントにふさわしい品物には興味を示さずとも、これならきっと受け取ってくれる。なおかつ必ず使ってもらえる。 そう計算してプレゼントとも言えない―――いや断じて言いたくないものを用意したのは自分自身だが。 この峻厳なる現実を目の当たりにするとやはり悲しいものがある。 しかしそれだけではなく、いいこともあった。 最前のことを思い出して清次の顔に押さえきれぬ笑みが浮かぶ。 京一と交わしたさっきの口吻け。 唐突だったので驚いたけれどむろん悪い気はしない。 求められたと思うと例えようのない嬉しさがある。 つめたく冷えていた唇の中はあたたかかった。 深く絡みついてきた京一の舌は熱かった。 もういちど、あの唇に触れたい。 ―――……やりてェなあ。 あきらめてしまうにはまだ早い。京一と過ごす夜に未練はたっぷりと残っている。 それなら仕切りなおして巻き返せばいいのだ。今晩は京一の機嫌がすこぶるいいようだから、もしかしたらもう一度チャンスがあるかも知れない。 ―――いや。今日はイケる。 ふと思い出したことがあって清次の希望的観測が確信へと変わる。 以前、京一が気に入りのジッポをなくしたことがあった。それを知った清次が、シンプルなスターリングシルバーのジッポを買ってきて京一にプレゼントしたところ―――それを受け取った京一は、その日用事があったはずなのに、うっかりとそれを忘れて買い物に誘った清次に対して何も言わずに付き合ったのだ。 そしてその後、少しばかり洒落た雰囲気のレストランへと誘った清次に、いつもなら嫌がりそうなものなのにそのとき京一は黙ってうなずき、おかげでちょっとしたデート気分を味わえたという余録までついたのだ。もちろん支払いをしたのは清次だが。 ジッポの方は、今でも使っているところを見るとおそらく気に入ってもらえたのだろう。 欲しいものを人から貰った際、どうやら京一は律儀さを発揮するふうであるらしい。 ということは。 ジッポでそれなら、エンジンオイルなら。 値段が高くなればそのぶん高い望みが叶うと考えて品物で釣ろうとする浅薄さ―――その前に、京一が自分に対してそうであるなら他人に対してもそうだとは考えないあたり―――が清次の底の浅さでありまた木訥さでもあるのだが。 ―――よしイケるッ。今夜は絶対にイケる。 心の中で清次がガッツポーズをする。 今晩はあたたかな夜を過ごせるかも知れないと思うと、こらえきれぬ笑みが浮かび、引き締めようとしてもつい口元がニヤニヤゆるむ。 このまま京一を車に積んで、さっさと部屋に連れこんでしまえば。 ―――ええと。ゴムの買い置きは、あったっけか……。 下世話な心配をしつつ早くも露骨な期待が浮かび、走馬灯のように次から次へと頭をよぎる。 ふだんチームメンバーとして行動を共にしている時はそうでもないのだが、さきほど京一と口吻けしたことで清次の躰は軽い興奮を覚えていた。 いったん意識しはじめてしまうと、京一と肌をかさねた何度かの夜の記憶が生々しくよみがえり、全身にぞくりとした震えが走る。 薄闇の中であたたかな肌を合わせ、体温の低い京一に清次が少しずつ熱を分け与えていくのが常だった。 筋肉がうねるようなラインを描いている京一の躰に―――肩から腕、ぶあつい胸、引き締まった腹の上、そして腰の前へと触れていく。 あちこちに唇をつけて紅色の痣を散らし、張りのある肌に指をすべらせ、深く潜らせていくうちに京一の躰にぬくもりが点り、やがてうっすらと汗ばむほどになって。 『京一、もう……挿れてもいいか?』 うかがうように尋ねれば、ああ、と低い声でいらえが返る。 許しを得て清次が、硬く張りつめたもので京一の閉ざされた場所を押し拓いていく。 『……ぅあッ』 ゆっくりと抜き差しをくりかえすうち、清次とつながっている躰がわずかに跳ねて。 探り当てた場所で何度も行きつ戻りつさせるうち、京一の呼吸が浅く早くなっていく。 勃ちあがりかけている京一の欲望を手の中でしごながら腰をぐっと突き上げれば、引き締まった腹が波打ち清次をきつくしめつけて。 『……イイのか?』 『―――――』 答えるかわりにわずか顎を引く京一の躰は、そのころ、すっかり熱くなっているのだ。 ぶあつい胸板が浅く上下し、吐く息が艶をおびていき、やがて双眸がかつえたような色に染まり、うすく開いた唇が熱く乾いた息を吐く。 清次が京一の腰へと手をのばし、漲りに指を触れれば。 『……は、ア……ッ』 それはとうに硬くなり先端からは透明なしずくをしたたらせているのだった。 自らこうしたいとかこうしてくれと口にすることはないが、いったん情事を始めてしまえば京一は相手の求めに応じてあらがわず受け入れる。 特に口をはさむこともなく、清次の好きに体を抱かせて、自らも快楽の波に身をまかせるのだった。 感じれば、ときおり低く声をもらすこともある。 『―――ア。……清、じ……』 情事のさなか、ほんの時たま京一から名を呼ばれることがあって。 その低くかすれた声に、じゅうぶんに熱くなっていた清次の躰が一瞬にして熱くたぎる。 声の中には求める響きが確かにあって、煽られた欲望のままにはげしく腰を打ちつける。 『……ゥ』 ギシギシというベッドのきしみとともに、重なる呼吸は荒くなり、切羽詰まったものへとなっていく。 京一は清次の髪がことのほか気に入りなのか、躰を抱かせている間、もてあそぶようにして長い指に絡ませていることがある。 行為の最中、時おり宙に浮く指はまたしばらくすると黒髪の中に潜っていて。 『―――京一……ッ』 欲望を吐きだして互いに果てると、やがて髪から指が解かれ、シーツの上に落ちるのだった。 幾たびかの夜には、そのまま寝入ってしまうこともあった。 翌朝先に目を覚ました清次が、隣で眠る京一の寝乱れた姿にふたたび情欲を覚えたところで、不用意に手を出せば―――眠っているところを起こされて不機嫌きわまりない京一に容赦なく蹴られるか、殴られるかして、ベッドの外に叩き出されるのがオチなのだ。 そういう時の京一は容赦がない。 己の邪魔をする者は、常に全力で排除する主義なのだ。 しかし清次が起こさずともやがて目を覚まし、起き抜けの不機嫌のオーラを放つ京一のさまは、清次の目にはけだるく物憂げな様子に映り―――さらに言うなら、その躰のところどころには、清次が前夜につけた紅痣が散っていて、ふたたび欲情してしまうこともままあった。 それでも京一と朝寝のあとの情事など夢のまた夢である。 触れられないのであればいっそ……と、眠りのさなかにある京一を見つめつつ―――熱く昂ぶったものを鎮めようと清次は自分の足の間に手を伸ばし、京一を起こさぬよう息を殺しながら一人ひそかに吐精したこともある。 「清次。どうした」 「……う?」 情事のさなかの艶のある声とはまるで違う京一の冷ややかな声を聞いて清次がようやく我に返る。しかしまだ目の前には桃色のもやがかっている。 「腰でも痛いのか。前屈みになってるぞ」 「い、いや何でもねえッ!!」 気づけば、京一が表情のうすい顔にいぶかしむような色を浮かべてこっちを見ていた。 ザァ―――ッと血の気が引いた清次が慌てふためく。 「そろそろ行くぞ」 「お、おう。で、えーと俺の部屋か。それとも―――」 お前の部屋にと、言いかけたとこところに。 「おーい、お二人さん。いい加減もういい時間ですぜ」 ひどく聞き慣れた、しかしこの場にいるはずのない―――いや、断じていて欲しくない男の声がした。 愕然としながら清次が声のした方向を振り返る。 「……てッ、てんめェ!!どこから涌いた!?」 怒りの形相もあらわに清次が指を突きつける。 そこには悪夢が人間の形をして立っていた。 清次の薔薇色となるはずの夜の前に現れた強敵だった。 ゆうべもホームコースで顔を合わせたチームメイトと言えど、昨夜の味方は今日の敵。 「涌いた、って虫かよオレは。あ、京一さんお疲れさまっす」 のっけから噛みつかれたエンペラーのサード、速見がくさりながらも如才なくリーダーに頭をさげて挨拶をする。 「虫以下だッ!!」 予想外の伏兵に向かって清次が吠えた。 「ひでえし。なあ、それって猿より上?」 ひょいと肩をすくめた速見がまじめな顔で清次に尋ねる。 「―――うるせェ。…………あん?ちょっと待て」 低く唸りかけた清次だったが、ある重大なことに気づいてこめかみがヒクリと引きつった。このおちゃらけた男とかけあい漫才をしている場合ではない。 「答えろ速見。お前……いつからここにいた?」 「えーと。京一さんとお前が熱烈にキスしてるあたりから?」 どうか違ってくれという清次の切なる祈りは天に届かなかった。 それではほとんど最初からではないか。 「オレが着いたのはたぶんお前より先だ。缶コーヒー買いに行ってたんだけど、車、気づかなかったのか?」 京一と同型の自分の赤い車を指しながら、しれっとした顔で言ってのけた男をにらみつける清次のこめかみには青筋が浮かんでいる。 ―――……!!京一は。 はっとした清次がおそるおそる傍らを振り返ってみれば、京一は腕組みをしたまま我関せずといった風情で立っている。毛ほどの興味もないらしい。そんなものが見られていたからどうしたといわんばかりの態度である。 この様子では加勢を当てにするだけ無駄というものだった。 チーム内外で京一の女房役としての務めているため、清次もその辺の判断は早い。 こうなったら孤軍奮闘あるのみだ。 何としても目の前の男を追っ払って京一を持ち帰る。 ぐっとあごを引き新たな決意を胸に宿す。 「………………」 大きく息を吸って、吐いて。深呼吸。 「で。なんでお前がここにいる?」 当初の問題に立ち返り、声を押さえながら清次が男を詰問する。 「なんでって。京一さんからオーダーもらって。ですよね、京一さん。―――れ?」 京一の肩に気安く肘を乗せようとした速見だったが、音もなく避けられて、行き場を失った腕がすこんと落ちる。 ―――ふん。 清次が内心でせせら笑った。 さっきは自分から触れてきた京一が速見に対してはこの仕打ち。そう思うと爽快感に胸がすく。 しかし問題はまだ解決していない。 ここに来たのは京一が何かをオーダーしたからだろう。それなら用事、かもしくは報告が済めば立ち去るはずだ。 速見はエンペラー内部においてサードとして目されているが、表舞台に立つことはなく役割としてはもっぱら裏方が専門だ。チーム全体としてではなく京一個人のオーダーを受けて情報収集を行っている場合など、清次の預かり知らぬ所で動いていることもあるのだった。 |
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