Sweet☆Sweet☆Strawberry |
「京一、なんでこいつ呼んだんだよ」 事情を知っているだけに強くも出られなかったが、自分にできるが精一杯の抗議をした。 清次とてエンペラーのメンバー、それもセカンドだ。 京一個人のオーダーとはいえ、俺が知ったところで問題ないだろうという自負もある。 「呼んだわけじゃねぇ。―――来なくてもいいと言ったろうが」 だが京一は清次の抗議をあっさりかわした。後半は速見に向かって言ったものだ。 「あ冷たい」「そうなのか!?」 肩をすくめた男の台詞に清次の大声がかぶさった。 急用でもないのに来たのかと、隣の男をじろりとにらみつけ太い眉をつりあげる。 「てめェは何でこういう時ばっかり仕事熱心なんだよ?だいたい知ってっか?今日はクリスマスイブだぞ。お前たくさん女いるんだろうが。ああ?」 躰がいくつあっても足らねェぐらい大忙しなんじゃないのかと清次が因縁をつける。 「あのな、イブを一緒に過ごしたらステディってことになっちゃうでしょ。他のコに悪いじゃねえか。だから誰かと一緒に過ごすんじゃなくて誰とも過ごさない。ってのが平等ってもんだろ。それがせめてもの俺の誠意」 にこやかな笑みを浮かべながらぬけぬけと速見が言った。一見博愛主義のようでいてその実ご都合主義にも満ちあふれた台詞である。 「むしろイブの予定を断られるのが他の女と過ごすためじゃないって分かれば安心するのが女心ってもんなの。だからクリスマスは一年で一番ヒマな日かもな。てことで宴会参加」 にっこりと笑う笑顔が凶悪だ。 「相変わらず口の減らねェ」 この男に舌戦を仕掛けたところで、しょせん清次に勝ち目はないのだ。 「今更でしょ」 「待て、いま何て言った!?」 清次がぎょっとしたような顔をする。 つい流してしまったが、どうにも聞き捨てならないことを耳にしたように思うのだ。 「いまさらでしょ」 「違うその前だッ」 「てことで宴会参加」 噛みつく清次に何かを感じてか、速見が律儀にせりふを巻き戻す。 「…………えんかい?」 理解できずに清次がオウム返しにつぶやいた。 「そ。これからみんなで」 京一さんもお前もオレも、と指さしながら言った男に、清次のあごがガクンと落ちる。 途中でこいつ捨ててしまえば済むことだと割り切って、それまでを耐えがたきを耐え忍びがたきを忍ぼうとしていたのに、それどころではない事態が判明。 「……みんなって……」 「エンペラーの忘年会だよ。京一さんから言われてもう店は手配した」 「……忘年会……」 もう決まっているのか。呆然としつつも清次はいまだオウムの真似しかできない状態だ。 薔薇色だったはずの今晩の予定が、どんがらがっしゃんと音をたてて崩壊していく。
―――いや待て。 待て待て。 まだ逃げ道はあるはずだ。 ようは自分と京一がその運命から逃れられればいいだけ話である。 「あのな速見、悪いが俺ァこの年の瀬にそんな金―――」 ねェぞと活路を見いだした清次が息巻こうとしたその矢先。 「京一さんのおごり。パチンコ勝ったんすよね?」 チームリーダーを振り返った速見が連絡のあった内容をもう一度確かめる。 「……そうなのか?」 更に打ちのめされながら清次も振り返る。 自分の到着が遅れたのは1時間ほどだから、たぶん京一が店内にいたのもそれぐらいの時間でしかなかったと思うのだが、そんなに大勝ちしたのだろうか。 「ああ、台に座ってすぐついた。十二回」 連荘の数である。どうやら爆裂したらしい。 確かこの近辺の交換レートは等価交換なので、それでいくと概算でおよそ六万円。 十数人ほどのメンバーを居酒屋あたりで飲み食いさせ放題するには十分な金額である。 しかしそれでは――――――京一を連れ去ることができないではないか。 「……………………」 今度こそ完全に沈黙した清次がジャンバーのポケットに両手をつっこみ、つま先でちいさく地面を蹴った。むっつりとした横顔の真ん中で小鼻がぴくぴくと動いている。 「―――ということで」 これで一件落着と見なした速見がその場を畳もうとする。 「到着が遅れていらっしゃるようでしたので、リーダーをお迎えに参上いたしました」 片腕を胸の前で折り曲げると仰々しい仕草で一礼した。 車をデフのオーバーホールに出している京一が、今日の足を持っていないことは速見も知っている。だから、忘年会の店を手配して参加できそうなチームメンバーに連絡しておけというオーダーを受けた時、速見は迎えに行くことを申し出た。 しかし清次が来るから不要だと告げられ、その頃までに店が決まっていれば直行する、と京一は伝えてきたのだが――――――。 普段ならば、行くといったからには必ず京一はやってくるだろう。清次が行かねェと言えばそれこそ殴り倒して車を奪ってでも、約束の店に姿を現すに違いない。 京一は己の目的を遂行するためであれば、どんな手段を取ろうとためらわない。 しかし今日に限って言えば、普段通りのパターンを期待する妨げとなる要因が二つほどあるのだった。 まず一点は、京一と電話越しに話をした時、かなり御機嫌が麗しそうだったということだ。パチンコとはいえ勝負に大勝ちしたからだろうか、すこぶる珍しいことである。 それからもう一点は、今夜がクリスマスイブであるということだ。おそらく清次が京一に対して何らかのアクションを起こすはずだと速見は踏んでいた。清次が日夜、夜空を見上げてサンタクロースのじいさまにどんなプレゼントを願っていたか知れたものではない。 以上の不確定要素があるからには、京一がうかうかと清次の口車に乗せられて、白エボとともにどこかへ消えてしまうかも知れない可能性は決してゼロではないと予測したのだ。 ―――大事な金ヅル……もとい肝心の京一さんを拉致られちゃかなわねえからな。 さきほど目にしたいくつかの光景から察するに、ここへ足を運ばなければ自分が危ぶんだ通りの展開になっていることもありそうだった。 ―――来てみてよかったぜ。 速見は内心でふぅと嘆息した。 この場合、金よりもチーム内の士気の問題である。みな京一を慕って集っているのだ。 その京一本人が現れないとあっては速見の連絡不行き届きの不手際を攻められて、吊し上げを食ってもおかしくない。それはさすがに御免こうむりたかった。 これでぶじ京一を連れて行くことができそうだと、問題を解決済みのフォルダに放り込んだ速見は、店の方でスタンバイしているはずのメンツに連絡を入れてみることにした。 「よう峰岸。オレだ。そっちどうだ、集まったか」 『ええ、ほとんど全員集まったんですが……』 まだ年若いものの、エンペラーのチーム員にあっては珍しく細かい気配りができて目端が利くため、速見が裏方の仕事を叩きこんで育成中の青年だ。 しかし回線の向こうで、どこか峰岸の歯切れが悪い。 『すみません実は―――あ、こらッ』 続いて、ぐえ、というヒキガエルの潰れたような声とともに雑音一色となった。 「れ?おーい峰岸」 「どうした」 アンテナの受信具合が悪いのかと携帯を耳から離した速見に京一が尋ねる。 「いや、途中で―――」 切れたらしいと言おうとしたところに別の声が聞こえてきた。 『………………。…………。京一さんッ!!』 自分の名が聞こえたのだろう、横合いから手を伸ばした京一が携帯をさらっていった。 手にしたそれを耳に当てる。 『京一さーーーーーーーーん』 『京一さーんん!まだっすかーーーあーーーーあーーー』 「………………」 いきなり聞こえたドラ声が耳をつんざき、顔をしかめた京一が携帯を耳から離して手元のそれをじっと見つめる。 『京一さん早くーーーーーーーう』 『来てくださいようーーーー』 『京一さんはまだかーーーーあッ』 耳に当てずとも十分すぎるほど聞こえる音量が、受信口からわんわんと響いている。 「―――もう出来上がってる奴らがいるぞ」 京一は手にしていたものを持ち主に向かって、ぽん、と放った。 「げ、マジすか」 両手ですばやく携帯を受け止めた速見が耳にあてる。 『なんで来てくれないんすかーーーーーーー』 『俺達待ってますよーーーーーーーう』 『京一さーん、早く来てーーーーー』 野太い声がわんわんと耳に響いた。おぞましくも語尾にはハートマークまで飛んでいる。 「………………」 京一と同じくドラ声の輪唱を耳にして、非常に珍しくも速見が沈黙する。 「……ったくアイツら」 ばさばさと髪をかきあげてしかめっ面をしながらぼやいた。 自分達が到着するまでのつなぎとして峰岸に場を仕切らせようとしたのだが、荒くれ者ぞろいのチーム員たちを押さえることは出来なかったらしい。 速見が育てているとはいえやはりそこは若輩の身。仕方ないことではあった。 見れば京一が苦笑している。 「躾がなってねえな」 口ではそう言いながらもチーム員から慕われるのは、リーダーとして悪い気はしないらしい。京一の厳しい口元がわずかにほころんでいる。 「ま、勘弁してやりましょうよ」 速見は茶目っ気をみせて片目をつぶると、飲んだくれているメンバーたちに状況を説明しはじめた。 『なんだ速見かよ。遅えぞ早く京一さん連れて来ぉーーーい』 『清次がヘソ曲げてるだと?そんなの捨てとけ!ああ捨てとけッ』 『待てよ。清次が来ねえと京一さんの帰りの足がねえだろうが』 『お前何言ってんだよ、そんなの俺が―――』 『あ、てめえッ!京一さんの前でいいとこ見せ―――』 『何だと!?抜け駆けしてんじゃねぇぞ!!俺のが先だッ』 俺も俺もとみな口々に京一の取り合―――もといリーダーの送迎を希望を叫び始め、回線の向こうで起きている騒ぎは収束するどころかさらに拡大していくようだった。 「……京一はそれでいいのかよ」 回線ごしに事態を収拾しようとしている男をよそに、清次が京一へと向き直る。 「それで、ってのはどういう意味だ」 「宴会に参加するんでいいのかよって意味だ」 「いいも悪いもねぇだろう。俺は今晩、他の予定はない」 あっさりと言った京一に他意はない。 「……………………」 やっぱりさっきのアレは俺を誘ってるわけじゃなかったんだな、と喉元まで出かかった言葉を清次は何とか奥に飲み込む。 そう、京一は機嫌がよくて清次をベッドに誘っているわけではなく、ただ単にあくまでも機嫌がいいだけだった。 「おい清次、そろそろ行くぞ」 「…………ああ」 京一が平然としているのに対して清次の声はどこまでもどんよりと根暗い。 「清次、もういい加減あきらめろよ。な?」 宴会場の連中と折り合いをつけたらしい速見がパタンと携帯を閉じてこっちを見た。 先ほどの光景からおおよその事情は察しているらしい。いささか気の毒そうな、けれど笑いをこらえようと努力しているのが分かる顔だった。 「るせェうるせえッ、てめえはどっか消えやが―――」 「清次。早く車を開けろ」 悔しいやら悲しいやらでほとんど泣きそうな清次に向かって、京一が無情な声で叱責を飛ばす。 「ぅうううう、くそ……ッ」 「京一さん。チームの連中テンションあげて待ってますよ」 「できあがってる連中の中に入るのは度胸がいるがな」 言いながら京一がかすかに笑む気配。 カチッ。 「…………京一、車開けたぞ。乗れよ」 「分かった。おい、出るぞ」 ガチャ。バタン。 「アイ・サ。京一さん、よかったらこっち乗りませんか」 「―――ん?」 「ああッ京一聞くなって!!コラてめェ邪魔すんなアッ!!」 ドォウン――――ドォウン――――――ドドドドド―――。 ドゥル、ドオォオオォウウウウン――――――。 二台のランエボが、テールランプの赤い灯を闇の中に流しながら消えていく。 『酒が足らねえぞおーーーーーーーーー』 『あ、それ食べちゃダメですってば!京一さん達に取っておく―――』 『てめえ男だろッ。細かいこと気にすんな!頼め頼!!』 『リーダーご到着まであともう少しだぞーーーーーーーーーー!!』 京一達が向かっている先の店の中では、愛すべき男達が口々に雄叫びをあげていた。 今年のクリスマスイブも、にぎやかなうちに更けてゆくこととなるのであろう。 Sweet Sweet Strawberry 聖夜にさざめく月明かり Merry Marry Christmas 星降る夜に―――――prosit!! ― 了 ― |
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