アスマにご執心

    









「どういうことだカカシ」イビキが食い下がる。
「どうもこうもねえよ。オレの思った通りなら―――」
 この場に在るもの全てが引き千切られて噴き上げられる。
 周囲の酸素を全て取り込んで爆炎に変じ、真空となった空には爆発的なまでの火炎陣―――巨大な円陣が描かれる。 
 沙羅曼陀羅とは、見る者の目にその円陣が美しい曼陀羅のように映ることから名付けられた術名だった。
 曼荼羅の模様を形造るのは、真空の刃に切り裂かれてちぎれた人肉と粉砕された家屋と抉られた土塊と。それらが天高くに打ち上げられて空に真っ赤な紅曼荼羅を描くのだ。
 人血と火炎とで空を赤々と美しく染め上げるそれは、もはや幻術の域を超えていて―――禁術とされた火遁幻術。

 かつて里が受けた依頼の中の一つに、飢饉と疫病とに苦しめられられている村への救援というものがあった。
 けれど必死の救助活動の甲斐無く猛威を奮う疫病を患って村人は次々死んでいき、あまつさえ任務を受けた忍すらも次々と罹患して同じ道を辿り、やがて一人残らず死に耐える寸前に、残った村人達は派遣されていた忍びの最後の一人に頼んだという。
 楽にしてくれ―――殺してくれ、と。
 残っていたのは未だ幼い面影を残す中忍の少女だった。
 身の裡に火の性を宿す少女は清浄な炎を身にまとい、常に殺菌されていたが故に感染を逃れて無事を保っていた。
 殺してくれと哀願する村人達に、その少女は。
 出来ないと、まだ生きているのにとそう答え。
 村人達は苦しみの中で少女を恨みながら死んでいった。
 翌日、全ての生き物の気配が絶えた死の村を前にして。

『……もっと早くに殺してあげればよかった』―――と。

 涙を流すことすら出来ずに茫然としたまま少女は呟き。
 自分が躊躇したばかりに、苦しみの中で死を待つばかりの村人達のその苦しみを引き伸ばすことになったのだと思い知った少女は、身の裡から持てる火炎の全てを呼び出して解き放った。
 その日、村の上空には真紅の巨曼陀羅がいつまでも消えることなく燃えさかっていたという。
 自分の命を糧として死力を尽くした少女が―――全知全能力を賭して発動させた術の結果だった。
 宙空に散り咲いた巨大な火炎陣。
 独り生き残ってしまった少女が慙愧の念に身を灼き焦がしながら祈りを込めて放った火遁幻術―――沙羅曼陀羅。
 それは殺してくれと頼んだ村人たちの悲願を叶えるために生まれた、一日ばかり遅すぎる禁術だった。

 異変の知らせで暗部の者が駆けつけた時、その場所には村人の死に絶えた無人の村ではなく―――巨人の手で抉られたような陥没が地面に存在するのみで、生ある者は呆けたようにその場に立ち尽くす少女が一人いるだけだった。
 全身を朱に染め上げながら、揺らめく火炎をまとっていたその姿は凄絶なまでに美しかったという。
 発動された禁術が全てを灼き尽くした後は、生命力を使い果たして死に到るはずだった。けれど少女の器は全てを飲み込み―――木の葉の里に生還する結果となった。

 死すらも望むことを許されなかった少女。

 それは同時に火炎に愛された幻術遣いの誕生でもあった。
 少女はその時から修羅の運命を負ったのだ。

―――火遁幻術を遣う美しい女がいると聞いたことがある。
 成長したその少女はやがて、ただのくノ一としてではなく戦忍―――上忍として昇格したという。
 死神に魅入られた女。
 あの話は。
―――お前のことだったか……紅。
 その少女の長じた姿こそが、目の前にいるこの女なのだとイビキは知った。
『イビキ』
 唐突にイビキの頭の中にカカシの声が聴こえた。
 音声ではなく言葉だけが脳裏に浮かぶ。
 念移し。
 すぐにそう悟ったイビキが意識を集中する。
『お前はそこで呆けてるセンセーを頼む、オレは残りの店の人間を』
「おう」
 念移しの術力を持たぬイビキが、応と声を返す。
 男が準臨戦状態に身を置いたことを感知したカカシは、紅へと視線を戻した。
 無表情を浮かべ美しい彫像と化している女を見つめた。
 いくら何でもここで発動させるワケねーよな。
―――最後まで待ってみるか。
 最後の一手、印が違えば発動するのは別のものとなる。
 一瞬の間さえあるのなら、この場にいる全員の身を移すことが出来る自信―――確信がカカシの中にはあった。
 その周囲に、はらはらと紅い花が散り始める。
「…………ん?」
 何だこれは。
 目を瞬かせながらカカシは頭を振った。
 いくつもの細い円曲線で周囲を飾られた紅い花。
 繊細さと華やかさを併せ持つ美しい花が空中から湧き出でて、孤を描きながら目の前を乱舞した。
「火遁花宴術・四ノ陣…………曼珠沙華だったか」 
 ふわりと降って来て肌に触れた花弁が、宙へ溶けるようにすぅと消えたことまでを見届けて、カカシはふぅと安堵のため息をついた。
―――これだって、印組によっては十分危ないけどねえ。
 降り落ちる紅い花の一輪を手ですく取りながら呟いた。

 火遁・鳳仙火にも似たこの花宴術を最終段階に進めると。
 美しさに見とれているうちに、細く優美な曲線をした花弁が網の目のように躰に巻きつき、やがて人脂を燃やしながら人の形をした火焔の花を咲かせるという術に変化する。
 これも、くだんの任務中に紅が生み出したものだと聞く。
 疫病で死亡した村人達を土中に埋めれば、腐敗した死体は病原菌の温床となる。埋めるのではなく焼くしかなかった。その時に浄化の焔として少女の手から生まれだのだと。
 曼樹紗華は別名、彼岸花とも呼ばれている。
 それは死者を彼岸へと送る葬送花である。そして。
 火遁花宴術・四ノ陣、曼珠沙華はその裏の名を―――否、そちらこそが口に出すことを憚られているその術の真名であるのだが―――――。
 火遁火焔術・死ノ陣、悲願華というのだった。

 見る者に美しい華を想い起こさせるようなその術は、死者を彼岸へと送る花の名を持っており、術中に陥った者を忘我の中で死へと到らせる―――幻術と火遁術の併せ技でもあるのだった。

「うーんと。こうだったっけ?」
 唸り込みながらカカシが両手でいくつかの印を切る。
「あ、出来た」
 そう言って嬉しそうに笑った男の手の中では、紅い華がぽわぽわと生まれ咲いては宙に舞っていた。
 生命力を削り取りチャクラを消耗する大華ではなく、ちいさくて可愛らしい華。
 言ってみればミニサイズの曼珠沙華であった。
「……ヤな男」
 呟いた紅がカカシを睨む。
 むろん本気ではないが、それが自分とカカシの間に立ちはだかる能力の差だと知る故だ。
「可愛いだろー」
 にこにこと笑いながら言うカカシはただの術真似ではなく、写し取ったそれに器用な微調整を加えたのである。
 里一番の能力者と謳われている男は、コピーした術に自分なりの手を加える事が可能な嫌味な男でもあるのだった。
「カカシ、あんたそんなものコピーしてどうするのよ」
 ふぅとため息をつきながらも興味を覚えて紅が尋ねる。
「アスマに見せたら喜んでくれるかもしれないでしょ」
 そう言いながら早くもわくわくしているのか、カカシが嬉しそうな笑顔を見せた。
「水芸ならぬ花芸か」
 腕組みしているイビキがうむと頷く。
「……そうなんだけどさ、あんたが言うと何か寒いね」
 笑顔から一転してカカシは嫌そうな顔を隠さずに見せながらも「何でだろーね」と首を傾げた。
「けどね―――あの男が花を愛でる心を解すると思う?」
 そんなカカシに紅が追い討ちをかける。
「ひゅるひゅるひゅる〜」
 妙な声をもらしたカカシは冷たい現実の前に夢破れたらしい。悲しげな表情を浮かべながらがっくりと首を垂れた。
 その様を横から見ていた黒眼鏡の男が眉根を寄せる。
「………………」
 皆さん馬鹿ですか。そう言わんばかりの表情を浮かべながらも終始無言だったエビスは最後まで無言だった。
 そして。
 事態が収まるまで片手の中に四本の割り箸を握ったまま、目を丸くしながら一部始終を眺めていた少女、アヤメは。
「……まあ。皆さん、仲がいいんですねえ」
 羨ましそうに一言そう言ったのだった。

 強っ。

 その場に居る全員が目を剥いたことは言うまでもない。
―――今からでも遅くはないわ。スカウトしようかしら。
 いいくノ一になるわよね、アヤメちゃん。
 紅にそう思わせるほど、一楽の店主テウチの自慢の愛娘、少女アヤメはなかなかの胆力の持ち主であるようだった。


 そしてすったもんだの大騒ぎの挙げ句にようやく行われた恒例のクジ引きの結果がどうなったかと言うと。
「……どうやら今晩のアスマはオレのものらしいな」
 くくくくく。悦に入った低い含み笑いとともに男が皆の面前に高々とかざしたその傷だらけの手の中には。
 端を赤く塗った割り箸が燦然と光り輝いていたのだった。

 森乃イビキ、二十七歳。
 拷問と尋問のプロ。

 今晩アスマを蹂躙する権利はこの男が手にしたのである。
 そして当たりクジを引いたイビキは、一楽を出て皆と別れるや―――意気揚々とアスマの家に向かったのだった。

 この日アスマはまだ帰宅していないようだった。
 明かりの灯っていない窓を見上げながら。
「料理でもしながら待ってるか」
 イビキはそう呟いた。
 アスマの帰宅までに飯を作っておいてやろうと考える。
 この家に来る誰かしらが料理を作り終えた後の食材を残していくので、あり合わせだけでも適当な物を作ることが出来るのだ。
 玄関が開いていなかったので裏から回り込み、建物の壁をよじ登って窓から入ったイビキは無事に不法家宅侵入を果たすと、誰が聞いても何の曲だか分からないに違いない鼻歌を気分よく歌いながらアスマの食事を作ったのだった。
 そしてやがて。
「おう邪魔してるぞ」帰宅したアスマを出迎え。
「何で家主がいねぇのにお前がいるんだよ」
 ぶつくさこぼしながら飯の前に早速酒に手を伸ばそうとしたアスマの盃に渋々と一杯だけ注いでやり、後はこっそりと酒瓶を隠したイビキは料理の皿を目の前につきつけた。
 酒が入らなくなるだろうが、俺の楽しみを奪うんじゃねぇと文句を垂れるアスマを追い立てて飯を食わせ、男が食後の一服をしている隙に手早く後片づけまでをすませたイビキは眼を光らせならがにこにこと笑みを浮かべ―――。

「アスマ、明日も早いだろう。もう寝ないか」
 浮かべる笑みもそのままに寝床へとアスマを誘った。

「お前は早いだろうが俺は早くねぇんだよ。酒よこせ」
「―――早い筈だ。さあ早く寝床へ」
「イビキ。顔は笑ってるようだが眼が笑ってねえぞ」
 酒、と手を突き出しながら恐えからよせと男が言った。
「そうか?」
「額に青筋まで浮かんでるような気がするんだけどよ」
 俺の気のせいか?
 そう言いながら自力で見つけ出した一升瓶に頬ずりしそうな顔を見せているアスマに、このままじゃ埒があかないと的確な判断を下したイビキは。
「おいイビキッ、何する気だ……!?」
 俺はこれから酒と煙草をッ。そう叫ぶ男をよそに。
「残念だったな。オレはこうする気なんだよ」
 一升瓶と煙草を握りしめるアスマを肩の上に担ぎ上げると、問答無用の力業で寝床の中へと連れ込んだのだった。



「…………ふぅ」
 明かりを落とした部屋の中で、ため息をつくようなアスマの声が聞こえた。
「あまり悦くなさそうだな」
 薄暗い場所に弱くない―――というよりもはっきりと強い、更に言えば大の得意であるイビキが、自分の躰の下に組み敷いているアスマを探るように見つめながら口を開く。
「いや、まあ……そんなこともねぇが」
 ヤりてぇ訳じゃない時に無理やり犯られてもな。と男に躰の奥を貫かれながら内心ではぽりぽり顎下の髭を掻きたい心境のアスマが適当な事を口にしながら天井を見上げる。
「気にしねぇで続けてていいぜ」
 そう言う男が情事に集中していないのは明らかだった。
 すでにアスマの中には、熱く硬く充実したイビキが居る。
 だが抜き差しされているのは分かるのだが、それは体内に侵入してきた硬い肉が肉を擦っているというだけの感触で。
 まずいと思いながらも込みあげてきた衝動に負けたアスマが、ふわぁと大きな欠伸を洩らした。
「―――この欠陥品が」
 忌々しげに呟きながらイビキが見おろす。
「ん?」
 目尻に滲んだ涙を指先で拭いながらアスマが見上げた。
「感覚が鈍いだと?他はいいから今すぐ快楽中枢と脳味噌だけを根性で繋げろ。―――でないと痛い目に遭わせるぞ」
 イビキが言うと全く洒落になっていない。
「おいオッサンオッサンッ!」
 抗議するアスマに構わず、大人げなくも職権乱用を行使することに決めたイビキは、組み敷いている躰の奥を自分の漲りでくり返し穿ちつつ、知り得る全ての人体操作技術を駆使してアスマを欲情させることに成功したのだった。



「……ぅ、あ。……イビキ……俺も一度……イかせろって」
 浅く乱れる息の下から、掠れた声でアスマが訴える。
「尻だけで達けるようになればいいだろう」
 途中から体位を変えて、今は背後からアスマの中に腰を突き入れているイビキが、努力が足らないと暗に非難した。
「…………括約筋の使い方なんざ覚えたくねぇ」
「口の減らない。いいから覚えろ」
「一朝一夕で……どうこう出来るもんでもねぇだろ……」
 そう言いながらも堪えきれないのか、アスマが熱い痛みを訴える自分の股間に手を伸ばそうとする。
「仕方ない。お前のを握ってやるから尻をもっと上げろ」
 片手で腰を支えるだけだと抜ける、とイビキが言った。
「……お前なあ……」
 何て事させる気だとアスマが呆れる。
 けれど。
「達きたかったら協力しろ」
 そう言う男の眼は本気の色で。
「…………クソ」
 アスマは仕方なく、イビキの男根を突き入れられている箇所を躰の中で一番高い場所にまで渋々と持ち上げた。
「………ほう」イビキが感に堪えかねるような声を洩らす。
「いい格好だぞアスマ」
 視線で舐めながらそう言って嬉しげにくつくつと笑った。
「抜かせ、お前がさせたんだろうが」
 畜生視姦しやがって。
「いいや、オレは手を下してない。したのはお前だ」
 自らお前がオレに見えるよう尻を高く上げたのさ。
 そう言ってイビキがくくくと悦に入った笑いを洩らした。
 と思うや、一転。
「―――燃えるぞ」
 重々しい声でそう言うと、ぶるりと身震いをした。どうやら昂奮したらしい。イビキの男根がずくりと太さを増す。
「勝手に燃えてろ。それはいいが、俺のも扱けよ」
 こんな格好までしたんだからなとアスマが再度念を押す。
「分かった」
 そう答えたイビキは頷いた通りにアスマのものを手の中に握り込み―――願いを叶えてくれようとしたのだった。
 あくまでも途中までは。

「……あッ…く…ッ」
 腰に突き上げてくる射精感にアスマが呻き、ようやくの解放を迎えようとした正にその時。
 それまで追い立てるようにしながら扱いていたアスマの男根をイビキがぐっと握ったのだった。
 その下のふぐりまでもを、一緒にぎゅっと強く掴む。
「かはッ」
 達しようとしたところを寸前で堰き止められたアスマが苦悶の息を吐き出した。
 躰が硬直し、その眼の中から焦点が弾け飛ぶ。
 何が起きたのか分からぬまま、躰が勝手に痙攣した。
「…………う……ッ」
 狭い内壁にきつく締めつけられてイビキが呻く。
「出すぞアスマ」
 忙しない声でそう一言かけると荒い呼吸を吐きながらひときわ強く腰を打ちつけること数度。
「……ッ……ぁッ……ぅ」
 イビキは眉根を寄せながらアスマの中に放って果てた。

「イビキ……てめぇ」
「もう一度だ、アスマ。お前がオレをたっぷり楽しませてくれたら―――その次はオレがお前のを咥えてやる」
 信じがたいと言いたげな視線を向けるアスマにイビキは有無を言わさぬ声でそう告げた。
 そして男は自分が口にした通り、満足するまでアスマの躰を抱いて好きなように嬲った挙げ句。
「……イビキ」
 今度は俺の番だった筈だよなとアスマに視線を向けられて、はち切れそうなまでに熱く漲っている股間のものに目を遣った男は。
「オレがやる前に―――まずはお前が自分でしてみせろ」
 腕組みをしながら平然とした口調でそう言ったのだった。
「やっぱりか………どうせそんなこったろうと思ったぜ」
 アスマはそう言いながらも、込みあげては行き止まる射精欲を我慢できずに自分の勃起へと手を伸ばす。
「……ぅ、あ。……はぁッ。……はッ……」
 そしてイビキは自分の目の前でアスマが自慰行為に耽りながら息を荒くして、やがて射精に到るまでを眺めながら眼を楽しませていたのであった。
「……イビキ。これで満足か……」
 そう言いながら未だ体内の熱を吐き出しきれず目元に情欲の潤みを残しているアスマへと再び男が手を伸ばす。
「おい……?」
 見おろすと、アスマのものはすでにイビキの唇の中に大きく含まれていた。男の濡れた舌が表面を這い回る。
「ほう。咥えてくれるってのは本気だったのか」
 苦笑しながらもアスマに断る理由はなくて。
「……ぅ……」心地よさそうな息を吐きながら奉仕され、やがてイビキの口の中で達したのだが。
 今度もまた男はアスマを解放してはくれなかった。
 一度は萎えた男根を唇の中に含み、唇と舌とでさんざん慰み者にしてはくり返し白濁を吐かせたイビキは―――。
 やがてアスマが、もう出ねえ枯れてる痛えやめろと叫び出すまで何度も達かせ続けたのだった。

「よせイビキ、しつこく咥えてんじゃねぇ!舐め回すな!!」
 アスマが身も蓋もなく喚き立てる。
「だがオレはまだお前に触れていたい」
 容赦なく扱き立てて無理やり勃ち上がらせたアスマの先端の括れに舌を這わせながらイビキが見上げる。
「……ヤりてぇならお前がまた俺を抱けばいい」
 音を上げたアスマが俺のことはもういいからと言った。
「アスマ。それはお願いなのか?」
「ああそうだお願いだ」
 底光る男の眼に問われてアスマがさっさと頷く。
 そう言わないとイビキが次にどんな手で来るか知れたものではないからだ。
 これ以上の面倒事は御免だった。
「それならアスマ。お前はオレにどうして欲しいんだ?」
 表情を変えぬままのイビキが相手に再び問いかける。
 森乃イビキ二十七歳。趣味、誘導尋問。
―――てめぇ……自分の趣味丸出しにしやがって。
 ったく面倒臭え奴だな。アスマはそう思いながらも。
「…………抱いてくれ」
 仏頂面を浮かべながら仕方なくそう言った。
 相手が交情したいと言うのなら残る手はそれしかない。
 イビキはアスマの口からそこまでを言わせてようやく満足したような笑みを浮かべると、愛しげにアスマの躰を抱きしめてもう一度だけ貫いたのだった。
 唇でアスマにそっと触れ、今度こそ大切そうに躰のあちこちに愛撫を凝らし、放ったもので濡れて滑りの良くなっているアスマの中に自分のものを奥まで収め。
 責め立てるのではなく抱いている相手を労りながら躰を繋げ、そして想いのたけをこめてアスマ躰の奥に精を放ち。
 そしてようやく。

「―――終わりだ、アスマ」
 唇に口吻けながらイビキは優しくそう言ったのだった。

「……そうかい」
 終わりって、そりゃ今日はって意味だろうがよ。
 そう思いつつ、目を開けたまま男の口吻けを受け取って。
「やっと満足したんだな。良かったぜイビキ」
 心の底からアスマが言った。解放してくれなかったらさすがのアスマも強硬手段に出ようかと思っていた所だったからだ。自分が上忍であることを考えると一方的な事になってしまうがそこはそれ、まぁお互い様と言うものだ。
「ん?良かったか?そうかそうか。お前も満足したんだな」
 天然なのか故意なのか――恐らくは前者であろう――意味を取り違えた男はにこにこと嬉しそうな笑顔を見せた。
「………好きに取ってくれ」
「アスマ、何を恥ずかしがることがある。オレ達のような恋人同士であるならばだな―――」
 自分で自分の科白に酔いしれながら、滔々と蘊蓄を垂れている男の御高説を左から右へと聞き流ししつつ。
 あくまでも意味を取り違える男との意志疎通をあきらめたアスマはそのまま寝入ってしまったのだった。

 そして。

「……アスマ。おや、寝たのか?……可愛い奴だ」
 いつの間にか自分の隣で深く眠ってしまっている男に愛しげな視線を注いだイビキは、その頬にお休みのキスを降らせて満足すると―――――自分もアスマの隣へ窮屈そうに無理やり収まって、幸せな想いに浸りつつ眠りに就いたのであった。



「……くくくくく」
 出勤途中のイビキは木の葉茶通りを歩きながら、甘い夜の記憶を頭の中で繰り返し反復しては悦に入っていた。
 そして、去り際に聞いたアスマの科白を思い出す。

『何時頃に帰って来るんだ』

「ふん」
―――帰って来る、か。
 戻って来る……ではなくて。
 アスマは何気なくそう言ったのかも知れないが、そうであればあるほど。
―――そんなにオレの帰りが待ち遠しいのか、アスマ。
 イビキがくっくっくと低く笑い出す。

 自分の想いの中に浸り切っていたイビキの目に、周囲の光景が映っていなかったのは幸せな事であっただろう。
「おかぁさん、あのひとなーに」
「見ちゃいけませんっ、こっちへおいでっ」
 顔中に傷痕があり漆黒のコートで巨躯をおおっている男の不気味な含み笑いは、周囲に恐怖をまき散らしていた。
 道行く人々が薄気味悪そうな顔をして遠巻きにしながら足早で通り過ぎていくのにも気付かず、森乃イビキは日中の楽しく幸せな拷問と愛溢れるナイトライフの夢を見る。
 言うなれば白昼夢という奴である。
 そして、アスマの媚態――すでに彼の頭の中ではそう変換されている――をエンドレスで思い浮かべて互いの愛を確認する傍ら、本日行うべき拷問にはどの方法がもっとも効果的であるかと忙しく頭を働かせ――森乃イビキは今日もまた、充実した一日が始まることを確信したのだった。