正しい車載カメラの使い方


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「向こうのリーダーもそうだが―――この女もいい加減、頭が悪いな」
 ベッドの上で気を失っている女を見ながら、京一が不機嫌そうな口調で言い捨てた。
「こんなもん振りかざしやがって。危ねぇだろうが」
 京一が視線を向けた先、床の上では、刃渡り十センチほどの鋭利なナイフが銀光を放っていた。
 いつの間にそこへ忍ばせたものか、ベッドの中で京一に抱かれている最中に枕の下へ手を突っ込んだ女が突然に斬りかかってきたのである。
「―――あんまり危なそーじゃありませんでしたが」
 その瞬間も京一を助けに走るでなく、レンズを覗き込んだままシャッターを切り続けていた男が、首をかしげて思い返すようにしながら言う。
「あんな使い方があるか。角度もタイミングもあったもんじゃねぇ。あれで刺される奴がいたらそいつは間抜けだ」
「いや、フツーの男ならぐっさり―――」
 そう言いかけた速見が、このひとフツーじゃねえもんな、と京一に一般論を説いて聞かせることの意味のなさを悟ってさっさと無駄な努力を放棄する。
 襲いかかったはいいが、手もなく京一に跳ね上げられた襲撃者の手から飛んだナイフは床へと落ちた。
 当事者たる京一と女、それにファインダーを覗き込んでいた速見だけが目撃したわずか数瞬の出来事だった。その直後に素早く逃げ出そうとした女を捕らえて無言で組み敷いた京一は、相手が気絶するまで有無を言わさずに抱き続けたのである。
「だから頭の軽そうな女は好みじゃねぇって言ったんだよ。お前が嫌なら清次にでも相手をさせりゃあよかったんだ」
「イヤじゃないって言ったじゃないスか。あちらさんの目的が京一さんだったんだから仕方ないでしょ」
 当初は清次の白エボを標的にしていた彼らは、バトルが終わり敗北を突きつけられた途端、すべての元凶たる  と思いこんでいる  エンペラーのリーダーである京一に対していささかなりの復讐を試みようとしたらしい。
 女を使って一太刀浴びせようと考えたのだろうが、逆恨みにもほどがあるというものだった。
「後味があんまりよくねぇ」
―――刃物なんか出されちゃあな。あげくにさっさと気絶しやがって。楽しむも何もあったもんじゃない。
 珍しく京一が憮然とした表情を見せていた。
「そりゃあ……ご愁傷さまでした」
 熱のない口調で言って、速見が肩をすくめる。
「まぁ頭が悪いってのは同感です―――あまりにもあからさまでしたからね」
「俺達のことを嗅ぎまわってる連中がいる、ってな報告を受けたと思ったら白エボばかりが二台潰されて―――」
「バトルに負けたと思ったらすぐにこの女が現れましたからね」
「ああ―――凝りねぇ奴らだったな」
「どちらにせよ、ギャラリーにしてはパフォーマンスが派手すぎた。こっちで女のメン割ってたってのを差し引いても、いきなり峠に現れて京一さんに正面からしなだれかかる女なんてうさん臭すぎますって」
「そこまで言うか」
 速見の言い草に京一が苦笑する。
「こんな女一人よこして京一さんを何とか出来ると本気で思ったんでしょーかね」
 ベッドの上で気を失っている女の顔を眺めながら口にした。
 京一をターゲットにした相手の男のやり口には、驚くべき愚かしさがあった。
 エンペラーのリーダーに面と向かってそんな恐いもの知らずの仕合を  それも裏から  仕掛けようとする人間はそうそういない。
 よほど周到に罠を練り上げるか、それとも何も考えず不用意に始めたかのどちらかである。
 そして結果のほどを見れば、連中が後者であることは疑いようのない事実であった。
「バトルに負けるのが嫌だってぇなら最初っからおとなしくステッカーを差し出せばよかったんだ。こんなものをよこさねぇでな」
「それも嫌だったんじゃないッすか?」
 こんなもの―――ねえ。
 内心そう思っても顔には出さない速見である。
 自分の男から差し出されていいように使われたって分かってるのかねこのコ、と痛ましそうにベッドの上に目をやった。
「俺が知るか」
 そう言った京一は、部屋に入って来た時から殆ど喋らずにいる男へ気付いてふと視線を向ける。
「―――清次、どうした黙りこくって」
「あ……?」
 無言のままで俯いていた清次が反射的に顔をあげる。
 その途端に視界へと飛び込んできた京一の裸体を目にして狼狽えた。

「なんでも……ね……」
 答えて逸らそうとしながらも、清次の目が吸い寄せられる―――京一に。
 強靱な筋肉におおわれた京一の躰。

―――いやに喉が渇く、な。
 さっきからずっと。
 乾いた粘膜が喉にはりつきそうだった。
―――この部屋……温度が高すぎやしねェか。
 いや、きっと人間が多いからだ。

「―――清次?」
「何でも……ねぇよ」
 口の中にたまる唾液をぐ……と飲み下す。
「俺……」
 さらされている躰に目が吸い寄せられて引き剥がせない。
 バネを秘めたしなやかな体躯。
―――それにしても……熱ィ…よ…な。
 手のひらがじっとりと汗ばんでいる。

「俺………は」
 ぶるりと頭を振った清次が額をぬぐう。
―――なんだ?
 べっとりと一面に冷や汗が浮いていた。
 おかしい。それなら―――。
―――熱い……の……は。

 乱れそうになる呼吸を必死で押さえ込む。
 目は開いているはずなのに、真っ白で何も見えない。
 世界がぐらぐらと揺れているような気がする。頭が痛い。
―――これ以上ここにいたら……やべェ。

 早くここ、を。
 出ねェ…と。

―――きょうい、ち。

 お前の。
 熱…い。
 躰。

「俺ッ!!」
 何かを断ち切るような口調で清次が声を発した。
「……少しばかり……疲れてるみてェだ。一足先に帰っちまってもいいか」
 口早に言い立てる。
 深く息を吐いて落ち着きを取り戻そうと努力しながらも、その目は京一を避けている。
「構わねぇよ。今日はもう帰って休め」
 そんな清次の様子に気付くことはなかったのか、京一が鷹揚に頷いた。
「あっちまで出かけてのバトルだったもんな。お疲れー」
「お疲れさまーッす!」
「―――ああ、悪ィ」
 清次が足早に部屋を出ていく。すぐに玄関の方でバタンと扉の閉まる音が聞こえた。
 部屋の中には三人の男と、気を失っている女一人が取り残される。
「………岩城さん、何か……大丈夫っすかね」
 清次の子飼いとも言える峰岸が、遠慮がちながらも心配そうな顔で口を開いた。
 そわそわとしながらも、今までずっと自分の立場をわきまえておとなしくしていたらしい。
「疲れたって言ってたろ?放っとけば平気だって」
 清次の出ていった扉をチラとだけ見やった男が、ことさら陽気な声で青年の背中をばん、と叩いた。
「峰岸も付き合わされたのか?御苦労なこったな。覗くのは……楽しかったか?」
 自ら盗撮の被写体となった男が、悪辣な顔で笑う。
「楽し……ってか……京一さん!!すごかったッすよ!!」
 叫ぶようにそう言った峰岸の声は興奮気味だった。
「すげえって……うわオレ何言ってんだろ……でも!!」
 言うに言えぬらしい青年が、口ごもりながら頬を染める。
「すごかったッす……オレ……思わず……」
 その先を言えずに顔を赤らめる。思い出してしまったのか、落ち着かぬげにもぞりと腰を動かした。
「何だお前―――してぇのか?」
 京一が面白いと言わんばかりの表情を浮かべる。
「へ……!?」
 峰岸の両眼がまん丸になった。
「ええと、その……したいって……いえ、そりゃあ……」
 あれだけ目の前で見せつけられては煽られるしかない、やりたい盛りの十九歳である。
 ベッドの上で気を失っている女の裸にチラチラと目を走らせては宙に泳がせる。
「チームの人間に手を出すと清次の奴がうるせぇんだが」
 帰っちまったしな。
 京一がにやりと笑った。
「……は?」
 意味不明にも取れる京一の言葉を聞いた青年の頭の中で、クエスチョンマークの渦が巻きおこる。
「何見てるんだ。気絶してる女とヤったってつまらねぇだろうが」
「……は、あの。それなら……どういう……」
 全裸の女と全裸の京一へ、慌しく視線が揺れ動く。
 次第に危機感が増していくのは何故だろうと考えながら。
「まぁいいか。この女に途中でくたばられて俺も足らねぇところだったんだ」
 考える素振りを見せながらも勝手に話を進めていく京一に、峰岸の危機感が最高潮までつのっていく。
「……な、なにを……」
 憧れているはずのチームリーダーに怯えた目を向けた。
 峰岸の頭にふと、聞いた噂がよみがえる。
 エンペラーに籍を置くうちにちらほらと耳に入ってきた話が、頭のそこかしこを飛び回っていた。
「まさか……ッすよ……ね?」
 そんなことはない―――と思いながらも、見る見るうちにその瞳が怯えの色へと染まっていく。
「お前がやりてぇんなら仕方ねぇよな?」
「ち、違ッ……京一……さ……」
「遠慮しねぇでこっちへ来い。―――女が邪魔だな。おい、あと頼んでいいか」
 片手でぐいと持ち上げた女を、速見めがけて放り投げる。
「―――ッと。了解ッす。頼まれました」
 両腕の中に収まりよく女の躰を受け止めた速見が、愛想の良い笑みを見せた。
「こっちは……PCに吸い上げて色刷りしておきます」
 床に散っていた服を手早く着せると肩に女を抱え上げ、空いた手で峰岸からカメラを取り上げた。
 逃れようのない未来への恐怖にか、それとも待ち受ける未知への期待にか、ふるふると震えている青年の手はカメラを持っていた時の形のまま中空で固まっている。
「―――ああ。ご苦労だった」
「アキラ、お前はもうちょっと遊んでいきな。行儀悪くして京一さんに迷惑かけるんじゃねえぞ」
 それじゃオレはこれで、と京一に挨拶しながら峰岸にもウィンクを投げた速見は、ついでとばかりに前方へ向かって優しく青年の背中を突き飛ばした。
「な…なん―――ッ!!速見さんひでえ―――ッ」
 成り行きに茫然としていた峰岸は逃げる間もなく強靱な腕の中に捕えられ、じたばたと暴れながら必死の声を張りあげる。
「そこまで抵抗されると……犯りがいがあるな」
「やりが…っ……!?うわ京一さんどこ触ってんですかッ!?やっ―――うわぁあああああ!!」
「安心しろ。優しくしてやるよ」
 京一の低い笑い声を残しながら、峰岸は白いシーツの奥へと引きずり込まれて行った。


「よー清次?オレだけど。家着いた?」
『―――ああ』
「あのよ。女いらねえ?―――いるなら持って行くけど」
 右手に携帯を持った速見が、左手一本で器用に愛車を走らせながら清次に話しかける。
 いたいけな青少年を色欲の餌食に差し出したことなど忘れ果てたような、いつもと変わらぬ笑みを浮かべている。
『いきなり何だ』
「だから女。抱きたくねえかって聞いてるんだよ」
『間に合ってる。それにお前の紹介なんざ怪し―――まさかさっきの女じゃねェだろうな?』
「大当たり。でもよ、京一さんが抱いた女だぜ?」
 いらねえ?ともう一度速見が尋ねた。
『………………いらねェ』
「あ、そう。分かった。用はそれだけ」
 清次の答えを半ば予想していた速見である。さっさと切ろうとしたところに『おい!』と呼びかけられて手を止めた。
「ん?」
『…………明日の晩は―――上がるのか?』
 確認するような清次の声だった。
 お前も走れ、と言ったゆうべのあれは本気だったらしい。
「そのつもりだけど?」
『……そうか。ならいい』
 それだけ言うと、回線は向こうからぷつりと切られた。 
「清次のヤツ……迷いやがったな」
 速見がにんまりと悪趣味な笑いを洩らす。
 京一が抱いた女だという速見の言葉に一瞬、息を飲みこんだ清次の中で何かの反応があったことを感じていた。
「あの状態で帰って……荒れてるかと思ったが、妙に静かだったな」
―――オレの勘ぐりすぎか?
 だが京一の部屋を出る時の清次は明らかにおかしかった。
 様子見もかねて電話をしてみたのだが、つついてみてもはっきりとした感触がつかめない。
「ったくこれだから一本気なヤツってのは始末に負えねえんだよ」
 反応が素直すぎてどこ飛んでくか分かったもんじゃねえ。
「ま、オレが心配しても仕方ねえことだしな。―――それよりも、と。このコどうすっかな」
 女に目をやりながら速見がうーんと考え込む。
「よく見れば可愛いじゃねえの。胸もケツもデカいし腰はぐぅっとくびれてるし。頭の重さなんて関係ねえよなあ?」
―――可哀想に。
 自分の方こそが頭の軽そうな発言をしてのけた男は、しみじみと同情するような顔を見せた。
「ついでだからオレが貰っちまうか?」
 それが果たして何のついでなのかは不明である。
 思案する色を見せながら、ナビシートへと目をやった。
 そこには未だ目を覚まさぬままの女が座っている。
 唇を少し開いている女の化粧の剥げ落ちた顔は、峠で京一に媚びを振りまいていた時よりも随分と幼く見えた。
 手酷く抱かれて、疲れ果てたような表情を浮かべている。
「あーあ。ズタボロになるまで抱いちゃって」
 思わずため息をついた。
「もともと私情で動くタイプじゃねえけどクルマ絡むとなると―――手加減ねえなあの人も」
 オンナノコは大事にしねえといけねえんだぞ。
 真面目な顔で言った男は、女の体に負担がかからぬようシートから少しずれかけていた体の位置を直してやった。
 乱れて頬にかかる髪を、指でそっと撫でつけてやる。
「………ス…ド……?」
 感触に気付いたのか、女の唇からかすかな声がもれた。
 声は続かずに、またすぅっと寝入ってしまう。
 だがその顔には先程までとは違う、安らかさのようなものが浮かんでいた。
「………………」
 憮然として速見が押し黙る。
―――こんな目に遭わされておきながら、かよ?
 思わず京一に女を取られたような心境になっていた。
「……ったく、あんたって人は男の―――」
 敵、と言いかけてふと口をつぐむ。
 最近ギャラリーの女達の間で、ニューフェイスの峰岸クンって可愛いよねー、という声が増えつつある矢先であったことを思い出す。だが当の峰岸はと言えば気まぐれな男の毒牙にかかり、今頃はあちら側へと行ってしまっていることであろう。自分も一枚噛んでいるとは言え、お気に入りの青年をリーダーである京一にかっさらわれたと知った時の女達の落胆ぶりが、今から目に浮かぶようだった。
「―――須藤京一。人類の敵」
 きっぱりとした声で速見がそう断言した。


 電話を切った姿勢のままで手の中の携帯を凝視していた清次は、握りしめていたそれを壁に向かって投げつけた。
「畜生ォ―――ッ!」
 ガキッと異音をさせた華奢な機械が床に落ちる。

 ガツン―――!!
 部屋の中に、激しい打撃音が鳴り響いた。
 背後の壁に自分の頭を打ち付けた清次が、ギュッときつく眼をつぶる。

―――見るんじゃなかった。
 あれを。

 あそこへ行くのではなかった。
 こんな思いをするぐらいなら。

―――見るんじゃなかった。
 押さえ込んでいるものが噴き出してしまう。
 耐えきれずに―――手足にはめた枷が弾け飛んで。

 後悔の念が清次に押し寄せる。
 京一が女を抱いている現場を目の当たりにした衝撃は、自分が思っていた以上に強かった。
 強すぎた。
 今までに京一と躰を繋いだことがないわけではない。
 だが、目の前にある欲求を満たすために京一が清次に手を伸ばすことはあっても、その逆はありえなかった。
 京一に手荒く突き倒されて尻をあげさせられ、突き入れられて腰を打ちつけられる。
 欲望の捌け口を求めんとする、ただ単に即物的な性行為。
 雄同士が欲求を満たすのみで何も生み出さぬセックス。
 躰を繋ぎはしても、それは互いの欲望を吐き出すためだけだった。
 清次としてもそう割り切ってしまえば、自分の背後で息を荒げる京一から意識を逸らせることができた。
 それゆえ、あのような形で目にしたのは今日が初めてだったのだ。

 ベッドの上にあった京一の躰がまぶたの裏に返る。
 兆した情欲を満たそうとして、強靱な躰が律動を繰り返していた。
 逞しい背中が、汗の珠を浮かべてうねっていた。

 ぎしぎしとベッドの軋む音が脳裏に響く。
 光景が再現され、清次の目に映し出される。

 厚みのある胸板。逞しい背中。張りつめた肌。
 引き締まった腰。発達した長い手足。
 隣室の男達を招き入れた京一は―――。
 惜しげもなく全裸をさらしていた。
 女を抱いたばかりだった京一の躰は―――。
 いつもは体温の低いあの躰は……あの時触れたら。
―――熱かったの……か。
 熱、く。
 手を触れたら火傷をしそうなほどに。

 残像が浮かぶ。
 視線が、京一の躰をたどっていく。
 指は、清次自身のたかぶりを。

 扉の隙間からわずかに洩れてきた、京一の荒い息づかい。

 清次の耳には―――。
 熱いあえぎにも似て聞こえていた……あれ、は。

 男の、躰の下……で。
 抱かれ……貫かれて……熱い吐息をもらしていたのは。
 ……あの女の……はず、だ。

 じゃあ、これは―――。
 耳に聞こえる……低いあえぎのような声……は。
―――誰ンだ、よ。
 荒い……呼吸……熱いあえぎは。

 自分の腕の中で再現されているかのような―――。
 生々しい現実感。
―――きょう…い…ち…。

 熱い、躰。

 それなら。
―――あの中……は……。
 奥は……も…っと。

―――して、え。

 あの躰……に…………。
 ……俺の……これ、を……。
 突っ込ん……で……。

 お前、に。

―――きょう……ち。
 俺は、お前、を。
―――抱……………。

 ア。
 欲、し………。

 ウ……。ぁ。

 どくん、と腹の底が波打った。

「はァ……はぁッ……はぁ…ッ」
 狭い部屋の中で、せわしない呼吸が荒々しく響く。
「……京一………」
 苦悶に満ちた声で清次がうめいた。
 手のひらが、放ったもので熱く濡れていた。
 さきほど強打した後頭部は熱を帯び、ガンガンと割れ鐘のような音を伝えている。
 だが痛みなど感じなかった。
 残滓に濡れた手のひらを、ぐ  と力の限りに握り込む。
 白濁に、深紅の筋が混じるのが目に映る。
 皮膚に爪が食い込む感覚が分からない。
 そんなものとは比較にならぬほどの苦痛が、全身をギシギシと締め上げていた。
 今にも爆発しそうなほどの強烈な飢えと渇きが。
「……京……い、ち」
 震える声が呼ぶ。
 限界はすぐそこまで来ている。
 リミットは近い。
「チクショウ……」
 うめくような声を歯の間から軋らせた。

「きょう……い…ち―――」

 長く尾を引いて部屋の中を満たしたそれは。
 助けを求める悲鳴のような声だった。