Stigma |
「嫌なら別にいい」 黙ったままの啓介に無理強いする程のこだわりも持ってはおらず、あっさりと興味を手放した京一は、パッケージから二本目の煙草を振り出して銜える。 その時、小さな声がした。 チクショウ―――と聞こえたような気がした。 「呼びゃーいいんだろっ。……京一っ。これで気がすんだかよっ」 啓介が、半ばヤケクソのように怒鳴った。 京一が振り向く。 「……何でこんな事で赤くなる」 叫ぶ啓介の目元と耳が赤く染まっているのを見て唖然としながら、京一は唇の煙草を指に移した。 「すど…京一のが年上だし、口きいたのだって今日が初めてじゃねーかよッ」 自分でも訳の分からぬ突然の羞恥に襲われて混乱しながらも啓介が、ゲームはまだ続いているのだと思ってか、わざわざ名前を言い換えながらも喚く。 「律儀だな」 くつ、と低い含み笑いが響いた。 「あああ…うるせーっ!!京一がそうしろって言ったんだろうがっ!!」 手で耳をふさいでそれを聞くまいとしたが、その両手には相変わらず、いくつかの派手な色合いをした小箱がしっかりと握られていた。逆立てた短い薄茶色の髪の合間から、ファンシーな包装紙の場違いに華やかな赤や青やピンクの色彩がそこかしこに顔を覗かせている。 「ぐッ……あっはははははははは……!」 その様を目にして我慢できずに京一が吹き出した。 声を上げて笑う京一の―――チームリーダーの姿などに、かつてお目にかかった事のあるエンペラーのメンバーが果たして何人いただろうか。いや、常日頃リーダーの無愛想な顔に慣れ親しんでいる彼らはそれどころか反対に、そんな京一を目にした日には一体何が起こったのかと恐慌に陥り、居合わせたのが我が身の不幸と震え上がるのではないだろうかと思えるぐらい、京一の日常に於いては非常に珍しい光景であった。 そんな事は露知らず、例え知っていたとしてもそれしきの事で怯むようなヤワな性格の持ち合わせはない啓介である。 ベッドのヘッドボードに背を預け、立てた片膝の上に肘をつき、手の平で額を覆いながら俯いて未だにくつくつと笑っている男をギリッと睨みつけた。 「ちきしょうっ。ならそっちだって言ってみろよ。大体お前、オレの名前知ってんのかっ」 自分と同じ思いを味わってみればいいんだ、とばかりに未だ治まらない赤みを残したままの顔で、京一に勢いよく食ってかかる。 京一が顔を上げた。 すうっと笑みの影が消えた。 「…………?」 笑っていた形跡を瞬時にして跡形もなく消失させた相手を見て、啓介は戸惑うように両手を下に降ろす。 「勿論、存じ上げているさ。群馬に名高い赤城レッドサンズのナンバーツー殿」 慇懃無礼とさえ言えるような京一の傲岸な口振りに、啓介が瞬間、ムッとする。 そこへ。 「―――啓介」 低い声が、その名を口にした。 「……え」 その唐突さに思わず虚を突かれる。 「もういっぺんだ」 思いがけずもあっさりと京一に名を呼ばれた事へ。 啓介の耳には、余りにも静かな、胸の奥を撫でられたような穏やかさで聞こえたそれへ。 「…………」 咄嗟に何と反応したらよいのか分からずに、鳶色の瞳を驚いたように見開いてその場へ固まった啓介に京一が、呼んでみろ、と視線で促す。 「……きょういち」 衝撃からすぐには立ち直れぬままの啓介がそれに操られるかのようにして、再びその唇で男の名に触れた。 それを聞いた京一は啓介に強い一瞥のみを残すと、何も言わずにすっと視線を外して向き直り、手にしていた煙草を銜えて火を点けた。 毒気を抜かれたような声で、何だよ、と呟くのが微かに耳に届いた。 「好きなだけ、食うなり持っていくなりしろ」 正面に紫煙を吐き出しながら、何事もなかったかのような口調で京一が啓介に約束を渡す。 「ん」 聞こえるか聞こえないかぐらいの、いらえがあった。 やがて、その言葉に目的を思い出して気を取り直したのか、ガサガサと勢いよく箱をひっくり返す音が聞こえ始める。 それを耳で確認した京一は、再びそちらへゆっくりと目を向けた。 箱の中に手を突っ込んでいる啓介の姿を視界に捕らえながら、京一は最前の自分の言動へと意識を凝らした。 ふと思いついて、高橋、と呼びかけたあの時。 微かに脳裏を掠めた意識があったような気がしていた。 次から次へと手当たり次第に、バリバリと包装紙を破り始めた眼前の青年の唇から紡がれるそれが、彼と―――その兄と同じなのかそれとも違うのかを自分は知りたいとでも思ったのだろうか。 ―――同じ、な訳はねぇってのにな。はッ……当然だ。 ふと思いついたままに口にして、特に深い意味があるではない事を啓介に強いた、己の恣意的な行動を嘲笑う。 きっと違うのだろう、と確信はしていた。 名前など本来、京一にとっては個体を一意にするただの記号でしかなかった。 そんなものに何の興味も拘りも持っている訳ではない。どれで呼ばれようと同じである。 ただ、試してみたいという、ふとした気の迷いのような誘惑に駆られただけだった。 そして思った通りに違うのであればきっと。 その時は自分が苦い思いを噛み締めるだけの事だろうと知りながらも。それでも。 敢えて押さえようとはせずに身を任した衝動であったのに。 ―――だが。 それが決して苦いだけではなかった事へ反対に、京一は軽い驚きを覚える。 『京一』 困惑しながらであった所為だろうか。 はっきりと意志の強い、溌剌とした声の持ち主であるのに最前、京一には随分と柔らかく聞こえた瑞々しい声音を耳に返していた。 「なぁ、キョーイチー」 呼ばれて、ベッドの上でくつろぎながら手元の雑誌に目を落としていた京一が顔を上げる。 啓介は早くも順応して恥ずかしくも何ともなくなったのか、自分の呼びやすいよう勝手にところどころを伸ばして名を呼んだ。 「語尾を伸ばすのはやめろ。うっとうしい」 京一が眉間に僅かな皺を刻む。 「京一ィ」 特に文句も言わず、素直に啓介が言い直した。 「語尾を短くすればいいってもんじゃないだろうが」 しかしそれでも気に入らないらしい京一が、根気よく直させようとする。 「……京一」 チラを京一を伺った啓介は、仕方なさそうにもう一度口にした。 「やればできるじゃねぇか、啓介」 京一が苦笑する。 「口うるせーな。まるで……」 啓介がハタと口を噤んだ。 「どうした?」 「何でもねー」 啓介がそっぽを向いた。 「ふん?まあいい。で、何だ」 おかしなヤツだな、と啓介を見ながら京一が先を促す。 「これ、貰うぜ?」 僅かに唇を尖らせているようにも見える啓介が、四角の赤い箱を指の間に挟んで左右に振りながら京一に確認する。表面に印刷されている白や金の文字やら模様やらが目に入る。 「ああ。いちいち見せなくていいから好きにしろ」 ―――知ったこっちゃねぇ。 どれを啓介に食べられようと関係ない京一が、勝手にしろとばかりに顎で箱を指す。 「んー。分かった」 「持って帰ってもいいぞ」 親切そうな事を言ったものの、少しでも片づけば後始末が減るだけの京一である。 「いや…それはいい」 啓介は少しの間考えながら首を傾げていたが、早くも一つ目を口に入れたらしくモゴモゴと不明瞭な発音でそう返した。 無心に口を動かしながら床に胡座をかいて座り込み、京一のいるベッド脇のマガジンラックから引きずり出した雑誌を広げてパラパラと眺めたり、物珍しげに部屋のあちこちへ視線を彷徨わせたりしていた啓介は、ふと、自分の目が何かの上を通り過ぎたように思った。 「ん?」 そこへと視線を戻す。 口の中に残る、甘く濃厚な柔らかい塊だったものの残骸をゴクンと喉の奥へ飲み込むと、自分の興味を惹いたものが何だったのかを確かめようとしてベッドの足下の方へと体を横倒した。 天を向いた薄茶色の髪が、その動きに追随して微かに揺れる。 床に左肘をついて体を支えながら、薄暗がりを覗き込んだ。 ―――何だ? 手前の方に転がっていた所為で啓介の目に止まったらしいそれを、残るもう片方の手で引っ張り出した。 それは、光沢のある真っ黒な包装紙に包まれている物体だった。 掌の中に十分納まってしまうような五センチ四方程度の、ほんの小さな箱。 そしてその上には、綺麗に結ばれた白い繻子のリボンがかかっていた。 プレゼント、に見える。それも―――手の付けられていない。 「なぁ。これ何だ?」 暫くの間それを眺めていた啓介は滑らかな動作で身を起こすと、ベッドの上でヘッドボードに背中を預けて雑誌を読んでいた男に向かって、手にした物をこれ、と見せた。 「ああ?」 面倒臭そうに応えた京一が、誌面から顔を上げてチラとそちらに目を遣る。 その視線が啓介の手の中のそれに、はっきりと固定された。 鋼色の双眸に一瞬、閃いた強い光。 「どこにあった」 唇から、単調な声が漏れる。 「ベッドの下に転がってたぜ?」 知らなかったのか?と啓介が問うような表情を浮かべる。 「戻しておけ」 答えず、それきり言って京一は再び手元に目を戻した。 京一がその時、小箱から視線を引き剥がすようであったかに見えたのは、啓介の気のせいなのだろうか。 「だけどこれ、開けた形跡がないぜ?」 なおも不思議そうに言いながら京一の興味を惹こうとして、ぐいとそれを更に突き出す。 「いい。構うな」 言い募る啓介の言葉を無視して、京一は誌面から目を上げない。 「中身、何?」 「知らん」 尋ねた啓介に返ったのは、短過ぎるいらえのみ。 「知らん……て」 驚いたように言いながら、啓介が手許に目を落とす。 先刻のチョコレートといい、これといい。 人から贈られて、そして仮にも受け取った筈の物に対する京一の素っ気ない態度をまたしても目にした啓介は、冷たいとさえ言える京一のその淡泊さを、戸惑いと共に再認識する。 どこがどう、そして何故自分がそう思うのかまでは分からないながらも、啓介は少しだけ物寂しいような、何処かいたたまれないような気持ちを味わっていた。 「知らないものは知らんとしか言い様がない」 さすがに言葉が足らなかったかと思って再び口を開いてはみたものの、京一は本当に知らなかったのである。 以前に会った時の別れ際、何かのついでのようにそれを渡された事を思い出す。 放るように投げられて仕方なく受け取めはしたものの、何が入っているのかまでは言われなかったし、物を贈り贈られする事に興味のない京一も特に聞きはしなかった。 そして帰宅後に懐から取り出して暫くの間それを眺めた京一は結局、開ける事もなくその辺にふい、と放り出したのだった。 そのまま手を触れる事もなく今日までを過ごしてきた。 もうそれがどこに行ったのかも、そんな事があった事実さえも忘れかけていたのに。 思い出させるのか。その弟が。 啓介。 「開けてもいいか?」 京一に聞く事をあきらめたらしい啓介が、反応を伺うような声で尋ねる。 「……好きにしろ」 許可は出したものの、結局、京一は二度と視線を啓介に向けないままであった。 啓介は、今までとは違って自分の軽口へ容易には乗ってこない京一の機嫌を損ねるのを恐れるかのように、静かな動作でそっと包装を解いていく。 しかし、黒い包装紙の中から現れた黒い箱を見た時、その手が止まり、何かを思い出すかのような表情になった。 ―――サイズは違うけどこの箱、どこかで見たことがある? あやふやな確信を抱きながら、啓介は箱の蓋を持ち上げた。 最初に目に入ったのは、幾葉かの白い化粧紙。 啓介の指がゆっくりと柔らかな紙を掻き分けて。 思わず息を飲む。 ―――これ、は。 人差し指と親指でそれを、そっと摘み上げた。 「……京一」 小声で名を呼ぶ。知らず、驚いたような響きが混じっていた。 「何だ」 京一が短く返す。 「これ」 「どうした」 溜息をついた京一は、仕方なく啓介へと目を遣った。 次いで眉根がぎゅっ、と強く寄せられる。 その双眸に映ったのは、啓介の指先の。 小さな輝き。ピアス。 銀の十字架。クロス。 初めて目にするものである。当然であった。 ―――ピアス? 「オレさ、同じの持ってる……気がする」 訝しげな様子の京一を見ていた啓介はそう言うと、指先に摘んでいたそれを、床に置いた小箱の蓋の上へと丁寧に乗せた。 自分のパーカーの襟首から片手を中に突っ込んで胸元を探り、ズルズルと黒い革紐を手繰って引きずり出そうとする。 その紐は、啓介が身動きすると頸の上に時折、見え隠れしていたものだった。 しかし今、箱から出てきたのはピアスである。 啓介の言葉の意味を、京一は咄嗟には図りかねた。 言動から考えたらその紐の先には、何かが吊り下げられているとしか思えないが。 ―――同じ?どういう意味だ。同じ意匠って事か。 果たして、啓介が取り出して見せたのは。 太陽光線を跳ね返す鈍い光。 銀の十字架。クロス。 がっしりと骨太な造りのペンダントだった。 クロス―――十字架―――のモチーフ。 風格を感じさせるデザイン。 目に心地よい緊張感の走る、芸術的なフォルム。 長く上下に短く左右へと、中心の銀球から緩やかなカーブを描いて伸びる銀のアーム。 優美な跳ね上がりを見せる、三つ又に割れた先端。 銀球の外縁から四方向への末端各々へと、鋭く彫り込まれた二本の曲線の美しいライン。 精緻にして力強い銀細工。 ピアスは、クロスのワンモチーフでデザインされたスタッド―――びょう状―――タイプ。 ペンダントも同じく、オーソドックスなクロスでのワンモチーフタイプ。 大きさが全く違う為に一見したところのイメージは大分異なるものの、明らかに同じデザインだと知れた。 「やっぱそうだ。同じだぜ」 置いたピアスを再び取り上げて自分のそれとマジマジと見比べていた啓介は、喉の小骨が取れてすっきりした時のような声を出す。 「すげー偶然だなぁ。このブランドは他にもたくさん、色々なモチーフがあるんだぜ」 開けるまではさすがにデザインまで同じだとは思っていなかった啓介だったが、最前、包装に見覚えがあるような気がしたのも当然だった。 「ピアスって事は……これくれたのは女…だよな。さっきの彼女?」 再び慎重な手つきで小さなピアスを手の中で転がしながら啓介が尋ねた。 「いや……」 京一が語尾を濁す。 「昔の女かよ」 啓介がニヤニヤした。 対して京一はただ、苦笑して見せた。お前のアニキだ、と言う訳にもいかない。 とそこへ。 「オレはアニキから貰ったんだ」 言いながら胸元の十字架に目を落とした啓介が、片手で紐の中程を掴んでゆっくりとそれを宙に揺らしてみせた。 ―――な……んだと。 めったにない程の驚愕が京一を襲い、眦がピクと吊り上がる。 啓介の手が揺らしているものを、鋭い視線で凝視した。 流麗な彫刻を施された銀の十字架が、太陽光線に反射してギラリと鈍い光を放った。 数多くのモチーフがある中で。 啓介に贈ったものと同じ意匠。 ―――何を考えていやがる、涼介。 ただの符丁にしては話ができすぎていた。しかし涼介が、興味の対象外については意外と大雑把な一面をも持ち合わせている事を京一は知っている。案外、面白がって適当に寄越しただけかも知れない。 どちらにせよ、酔狂としか思えない真似をしでかした男に対して京一は、ギリ、と奥歯を噛み締めたが。深く吸い込んだ息をゆっくりと吐いて、啓介に気取られぬように表情から険しさの残滓を振り払った。 その間ずっと手の中のものをマジマジと見つめていた啓介は、心ゆくまで眺めてようやく満足したらしい。 「折角もらったのに何でつけないんだ?あ。それとも穴開けてな―――」 言いながら顔を上げた啓介の視線が、京一の顔の両側を注意深く探り。 「―――くはないんだな」 左の耳朶に、ほんの微かな窪みを発見する。 それはそうだ。 普通誰しも、穴を開けていない男にピアスなどを贈りはしないだろう。 「黙ってないで何とか言えよ」 ようやく、京一の長すぎる沈黙を訝った啓介が催促する。 「別れた女と何か嫌な記憶でもあった……とか。オレ、まずい事聞いた?」 答えない相手に居心地の悪さを感じて、早口で言った。 京一が否定しなかったせいで啓介は、すっかり昔の女がくれたものだとそう、思い込んでいるらしい。 「いや、そんなこたぁない」 京一は苦笑しながら、啓介の気懸かりを否定してやった。 「じゃ、これ填めてみないか?」 京一の機嫌が良くない事を敏感に感じ取りながらも、手の平に乗せていたピアスを京一に差し出す。 「いらねぇよ」 さすがにそんな気にはなれなくて京一が、言下に切り捨てる。 「このデザインが嫌いだとか」 啓介が食い下がる。 「違う。そういう問題じゃない」 京一は重ねて拒んだ。 問題なのは、それが涼介が寄越したものであると言う事である。 それもわざわざ、眼前の青年に贈った物と同じモチーフで。 敢えて気にする程の事もないのかも知れないが、涼介の思惑が掴めずに京一はザラついた気分を味わわせられる。 「オレ……もちろん個人的にもここのブランド好きなんだけどさ」 はっきりと拒否されて啓介が傷付いた顔を見せる。 「京一には似合うと思うぜ?いや、デザインがどうこうってんじゃなくて……」 しかし、口ごもりながらも続けた。 「何だ。はっきり言え」 京一の声は底冷えするような響きを漂わせている。 「このブランドさ、クロムハーツってんだけど。」 言葉を切った啓介は、臆することなく正面から京一を見つめる。 「『帝王』って言われてるんだよ。シルバーアクセサリーの」 日光いろは坂を拠点とする走り屋チーム、エンペラーの頂点に立つ男に向かって言った。 思わず意表を突かれて、京一が目を見開く。 「京一にぴったりだと思って選んだんじゃねーのかな」 よもやそれが自分の兄からだとは夢にも思わぬ啓介が、怖ろしい推測を京一に聞かせた。 「な、だからさ」 啓介の視線は、京一の左耳の辺りを見ている。 ―――何が、な、だ。なら、どうして同じ物をお前が付けている。 あるのかないのかもよく判らない涼介の思惑はそれとは別の場所に存在するような気もしたが、その行動の不可解さを考える事に倦んだ京一は段々と、もうどうでもよくなって来ていた。 熱心な啓介の態度にも多少は、ほだされたのか。 「もう長い事してない。塞がってるかも知れねぇぞ」 一応の断りを入れてはみたものの、啓介のしたいようにさせもいいかという気にもなっていた。 「でも穴は空いてるんだろ。なら、入るんじゃねーの?オレが填めてやるよ」 許可をもぎ取った啓介は何が楽しいのか随分と嬉しそうな顔をして、小さな銀細工を落とさないように手の中にしっかりと握りしめながら、ベッドの上に這い上がって京一の傍らに陣取った。 「いいか」 いささか緊張したような声が京一に尋ねる。 京一の躰に触れるか触れないかの距離で片膝を立てている啓介は、ピアスのトップを垂直に持ち、残る片手で京一の左耳をしっかりと掴む。 「おいおい、大丈夫かよ」 耳元で聞こえるその声に少々の不安を感じて嘆息しながらも、京一が先を促す。 「大丈夫大丈夫。任せとけって」 そう軽く請け負った啓介は、京一の耳朶に剥き出しのまま晒されているごく小さな穴へ、ゆっくりとピアスのポストをあてがった。 |
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